朽木ルキア大ブレイクの予感パート10 :  24氏 投稿日:2005/07/16(土) 01:14:26


※続編になります。こちらを先にお読み下さい。


『イチルキハワイ旅行 最終日』


「とりあえず、こんなもんか。」
 橙色に照らされたホテルの部屋、俺は自分の服をケースに無理矢理詰め込みながら言った。
 最終日である今日も俺達は起きるのが遅かった。原因としては昨日の夜遅くまでの情と、
酒の呑みすぎが上げられる。幸い二日酔いまでいくことのなかった自身の強さにも驚かされたが、
同時に『忘れてやる』なんて言っておきながら一切忘れていない自分と、あんなことをやらせてしまった自分にも驚く。
 隣のベッドの上で正座しながら自分の服を膝に乗せ、中空を眺めるルキアを見た。
―やっぱ、マズかったよな…
 鮮明に覚えていた。自身のものを口での愛撫を要求したこと、自身の目の前で自慰を要求したこと。
それはプライドや誇りを強く持つコイツには酷だったのかもしれない。
さっきまで外へ出かけていたがその時も、ふとした瞬間に何かを思い、
呆然とするコイツの横顔がしばしば見受けられた。
そこでその姿に声をかければ、何もなかったように普通に答えが返って来ていた。
「なぁ…ルキア……」
「‥ん、どうした?」
 そう、こんな風にいつも通りの調子で俺に返す。
「…いや…なんでもねぇ。」
 橙の後頭部を掻きながら思わず目をそらした。
何とか切り出そうとも考えたのだが、どうもタイミングを狂わされうまくいかない。
「そうか。」
 ただコイツの姿にせよ、言葉にせよ、何かつっかかった感覚が拭えなかった。
それは昨日が原因なのかコイツにしか分からないことだ。
自身、人を察することが苦手なことを知っている、
今まさにこの鈍感さを憎んだ。しかし憎んだところで先に進む方法はない。
俺は一息ついてから決心をして言った。
「お前…昨日のこと怒ってんのか?」
 自分の口から出た気遣いなんて感じさせない言葉に失笑してしまう。
すぐに訂正の言葉を探そうとしていたが、先にルキアが俺の悩みに終止符を打った。
「‥あれはその…おあいこだ、気にするな。」
  昨日の記憶を思い出したコイツは伏し目になりながらも俺に笑った。
しかし何かが違う感覚に捕われる。
「ホントに気にしてねぇのか?」



「くどいぞ。貴様が忘れると言ったのではないか。」
 そう言われてしまってはこれ以上詮索する術もなく、納得する以外になかった。
「ならいいけどよ。」
 隠し事をされているようで不快な気分に言葉は染まった。
しかしそれにも動じようとしない横顔には、窓から溢れる夕日によって色を教えてくれない。
ふと、その横顔が正面を向いたかと思うと辺りを見回しながら訪ねた。
「一護、敷物はどこへやったのだ?」
「敷物?」
「昨日海へ持っていった兎の敷物だ。」
 コイツに買わされたあのレジャーシートのことを言っているらしい。そういえば、と気付く。
「あ、海に忘れたな。」
「なっ…忘れたではないだろう!」
 ぶつぶつと愚痴を溢しながら、ルキアはベッドから降りてサンダルを履いた。
「どうすんだよ。」
「まだあるかもしれぬ、拾ってくる。」
 そう言いながら目の前を、肩を晒した白いワンピースのスカートが柔らかに舞いながら横切る。
「あぁ?あんなの使い捨てだろ、別に良いじゃねぇか。」
「貴様が良くても私は良くない。」
 玄関前で振り向き眉を潜めて食い掛かった。シートの一枚や二枚だろ、現金な奴だ。
 やがて鍵を開けた音が聞こえ、ルキアは本当に行く気なのだとようやく知る。
「お前‥マジで行くのか?」
 仮にも此処は異国の地だ。近所を歩かせるだけでも不安だと言うのに行かせて大丈夫なものだろうか。
こんな時は一緒に行ってやるのが道理だろう。しかし、先天的な性分でどうしてもそんなことを言えない。
更に俺の言葉を遮る原因をコイツは作り上げる。
「どうした、私のことが気掛かりなのか?」
 相変わらずの嫌味口調で嗜める。
背を向けているので表情は伺えないが、
きっと皮肉に笑んでいると決めつけていた。
「…っ、んな訳ねぇだろ!!」
 決まり悪くこう言い返すのは目に見えていたようで、
鼻で笑いながら扉を開き出ていこうとした時だ。
―……!
 思わず名前を音にしたと同時に扉は閉まり、姿は網膜から消えた。


イチルキハワイ旅行 最終日


 ついて行ってやるべきだったか否か、悩んでいるうちに時間は経つ。
普段ならもっと白黒ハッキリしている俺がどうしたんだ?
 西日が入るバルコニーに立った。このホテルから海へ行くには一直線上に向かわなくてはならない。
ただ地形の問題で砂浜まで見通せる訳ではないが、
そう、今ホテルの出口から出た小さな背中が、無事にその方角へ歩きだすのを見れた瞬間だけが俺には必要だった。
「‥情けねぇ…」
 自嘲の戒めを呟き、その姿が隠れてしまうまで見届けた後、後ろ髪引かれる思いで部屋へと戻った。


 海へ繋ぐ一直線の小道。真正面にはとても大きく、
見とれてしまいそうな橙色の愁いに染まる夕日が私の背中に影を作る。
歩を進めるにつれ漣の音は私の耳に入り込む。黒髪を扇ぐ潮風は体に吸い付く。
確に双方は私との距離を縮めた。次第に音は大きくなり、潮風は香りを伝えてくれる。
なのに―幾等歩いても距離は縮まる気がしない。いや、縮まっているのだろうか。
少しずつ、運ぶ足が早くなる。一歩、二歩と嘘なく進んでいることを確かめながら。
だが、それが嘘ではないと分かるとキリキリとした感覚を胸に覚えた。
痛みに耐えながら口を結ぶ。寧ろ、遠退いているのだろうか。
 その時、私の内で何かが弾けたかと思うと、眩しさに目を細めながら走り出していた。


 これで何度目だ。見慣れてしまった時計は俺を不安に落とすだけの力を持っていた。
ルキアが出ていって40分が過ぎた。海からホテルを往復しても10分程度の筈。
それなのにどうしたことか、未だに帰ってくる気配はない。
「情けねぇ。」
 呻くように言を吐きながらベッドに寝転び、時計から視線を外す。
しかし、無音の部屋には秒針の音だけを鳴らして、不安がしつこく感情にこびり付く。
苛付く自身を落ち着かせる為にも冷静に考えてみた。何が不安にさせるのか、を。
普段、例えこんなことがあってもここまで心配することはないだろう。
抜けてはいるが芯はしっかりしている、迷うような道でもない。
勿論、知り合いなんていない海外だから余計な心配も必要ない。では何故。

 バルコニーの方へ眉をひそめた。網膜に夕日の鬱陶しいくらいの光が焼きつく。
すると焦がされた白い視覚の中に、部屋を出ていく時に見せたルキアの横顔が思い出された。
一瞬間に見せた表情。それは以前、尸魂界に連れ戻される時の最後に見せたあの表情に似ていた。
「わけわかんねぇ…」
 訳の分からないのは俺なのか、それともルキアがなのか。

 畜生。

 俺はやっと、乱暴に扉を開けた。


 どこまでも続く水平線は紅く濡らされて幻想的な雰囲気をつくりだしていた。
いや、今はそんな感傷に浸れるほど俺に余裕はない。
辺りを見回した。誰一人としていない砂浜。湿っぽい空気の中に聞こえるのは夕凪の音だけ。
その砂浜の奥、ルキアが探していた筈のシートが落ちているのを見つけた。
拾い上げたそこに浮かぶ、今の感情に似つかわしくない兎の笑顔を握り締めて、
何も考えないように畳んでジーンズのポケットに突っ込む。
 深い鈍痛を内に覚えた。耐えるように虚無への不安を噛み砕く。俺には進むことしかできない。
鈍痛は進むにつれて痛みを増す気がした。しかし、痛いからといって止まりたくもない。
まさに訳の分からない自身の葛藤は苦虫をも同時に噛み砕いているようだ。
俺が進まなければ。しかし立ち止まることはない夕日は、僅かに沈みかけ始めていた。
 心がせく気持ちと痛みを抑えながら、砂浜を横に歩き続けて暫く経った頃、
ついにずっと探し続けていた小さな背中が見つかった。
背後にいる俺の存在に気付く様子はなく、曲げた足を抱えて小さく座りながら何処か彼方を見つめる。
 胸を撫で下ろし、愁眉が緩んだ。すると、瞬く間に不快な鈍痛は溶かされるように和らいでいく。
しかし、それも僅かで、液化した鈍痛は次第に泡を立てながら沸き返り始めたようだ。
「ルキアっ!!」
 いつの間にか声は怒りに染まっていた。どうあがいても見つからない。てめぇは一体どうしたんだ!?
「‥一護?!」
 この場に相応しくない怒鳴り声に驚いた顔をして振り向く。
俺はコイツに近付きながら、溜った怒りを吐き出すように続けた。
「てめぇ、何してたんだ!!」
 なんだ、心配でもしていたのか。
なんてふざけたことを言わせない剣幕で隣に立った。あっけにとられたルキアは目を見開いて見つめる。
「どうしたのだ?そんな藪から棒に―」
 感情の無いままに零れる言葉は俺を更に煽った挙句、悲しさまでを誘い込んだ。
「それは俺の台詞だ!!」
 治まることのない激情は意識に逆らって飛び出す。
ルキアも俺の態度に押され、立ち上がり声を荒くした。
「訳の分からぬこと吐かすな!莫迦者!!」
 睨みつける黒曜色の瞳。しかし、此処にも見付からない。
「うるせぇ!!俺だって…わけわかんねぇんだよ!!」
 沈黙―。焦燥とした空気は俺の肌を突き刺す。見えない刺し傷の痛みは熱い水に氷を投じた。
俺は何を言っているんだ…。煮えきった自己嫌悪に押し潰されそうになる。
コイツからしてみれば、何故こんなにまで言われなくてはならないのか、
理由の見えない怒りの矛先を向けられているのだ。
瞳は何かに耐えるように、悲をそこに溜めて力なく俺を見ていた。
吸い込まれてしまいそうに潤んだ大きな瞳―。だけどまだそこには見つからない。
「……わるい…急に‥」
 情けねぇ、どうして俺は普通に聞いてやれないんだ。
どうして俺はもっとコイツに気付いてやれないんだ。逃げているだけじゃねぇか…。
「……構わんよ‥私もゆっくりし過ぎていたようだ。」
 少し間を開けて並べられる、いつもらしからぬ言葉と眉を下げて浮かべる微笑。
それは余りにも痛々しく、遠く感じられた。ルキアは俺に背を向けて海の方角を見ながら続けた。
「‥まだ少し…見ていたかったのだ。」
 コイツが送る視線に合わせる。すると、そこには橙色に輝く夕日が浮かんでいた。
「‥夕日……?」
 まともに見たのはいつが最後か。普段のものとは大きさも、色も全てが違えて見える。
 俺はルキアの隣に足を投げ出して腰を降ろした。すると、コイツも同じように膝を抱えて座る。
 久しぶりに眺める夕日は綺麗だった。いや、綺麗なんて言葉で表せるようなものではないと思う。
はかり知れないそれは、絶対的に異なっていた俺達のような存在に似ている。



 去年の夏。俺は尸魂界にルキアを残して現世へと戻った。
それはコイツが望んだ結果、誰も邪魔することはできない。あの草原、今みたく少し強い風が吹いていた。
『オマエが自分でそう決めたんなら…』
『…残りたいって』
 音も立てずに忍び寄る感情に一瞬、陰ったような気がした俺の表情を悟られてしまわないように、
『思えるようになったんなら―いいんじゃねえかそれでよ』
 慣れもしない笑顔を浮かべていた。自然に笑えているだろうか、
そんな些細な不安を吹き飛ばすように、コイツも微笑を送り返していた。
 気が付いた。何のためにここまで戦ったのかと。
それはコイツの本当の居るべき場所を見つけてやるために尸魂界にまで来たのだと。
その時の俺は、成し遂げたことへの充実感に酔い、忘れていた。
『…ありがとう』
『一護』
 英雄ってのは格好良く去って行くなんて誰が定義したんだ。
案の定、コイツの言葉へ誇らしげに笑顔で答える自分がいた。

 結局、俺は現世に戻るまでルキアが残ると告げた時の感情を忘れていた。
居るべき場所を見つけてやるなんて、自分を納得させる為だけだったのかもしれない。
 無論、俺は英雄なんて肩書きを背負えるほど大きな存在ではない。ただのガキだ。
誰にも悟られない仏頂面は平気な顔をしていても、面ぼかした内側はとても正直だった。
 ルキアが尸魂界に連れ戻された時、こんな感情は芽生えなかった。
それは奪還をする、という目的意識が繋がりを築いていたのかもしれない。
しかし、戻ったこの時には俺達を繋ぐものなんて髪の毛一本存在しない。
 そしてようやく、後悔が、虚無感が、そして言葉にできない感情が身体中を浸した。
俺はただのガキだ。格好つけたって最後には崩れてしまう。
何故あの時引き留めなかったのか、本当の意を伝えなかったのか、
忘れていた感情は色濃く、今になって滲み出した。

 それから暫くして、俺の内の染みが取れないまま現世での一悶着が修羅場を向かえた。
目の前の敵(かたき)は、立つことすらままならない俺に止めを振りかざそうとした時、だ。
 弾き返される敵の一撃。目の前には俺じゃない誰か、黒い死覇装、死神、懐かしい小さな背中―。
 その時はこの再会も一時的なもので、この面倒事が終れば、また恨んだあの今を繰り返すのだろうと思っていた。


 しかし、今、ルキアは隣にいる。確に俺の隣にいる。
 何故、理由もない今も此処にいるんだ?そんなことを聞ける筈がない。
聞くことはコイツを否定するようで、自分を否定するようで、その一言が全てを否定するような気がした。
ところが、怯える俺の疑問に対して答えているかのように、
確実に人間へと近付いているコイツは、例の義骸に入ることで伝えてくれているようだった。
 それは懐かしい明日がこれからも続く――そうじゃなかったんか?



「…これがもしかすると‥最後になるかもしれないと思うと……名残惜しくてな…」
 その意を汲みとれない言葉は、首を強く絞められたような感覚で息苦しくさせ、胸は破り裂けそうになった。
「また来たらいいだけだろ。」
 自身を勇み立たせるように、夕日の一点を睨んで乱暴に言葉を吐き出す。
それは内を悟られたくないのもあるが、本当は怖くて隣にいるルキアを見ることはできなかった。
「……また‥か…」
 静かな波が音を荒くし、声が揉み消される。
それに促されたようにルキアは立ち上がり、海を背にして歩きだした。
「‥おい!どこ行くんだよ?!」
 即座に立ち上がり、俺はルキアの細い片腕を掴んだ。
「‥放せ!!」
 不意に声を荒くして、掴まれた片腕を振りほどこうと背を向けるルキアは激しく抵抗する。
「いったいどうしたんだ!?今日のお前、なんかおかしいぞ!?!」
 わからない。お前は何を考えているんだ。俺は何がわからないんだ。
 腕を力任せに引っ張り、無理矢理ルキアを俺に向かせた。
西日に照らされ、前髪に陰る表情が露になる。
―…どうして……
 一切の悪意のないルキアの表情が俺の内に穴を開けた。
―どうして泣いてんだよ!?
 ルキアの瞳からは溢れかえった滴が頬を伝っていた。
唇を微かに震わせ、何かに歪む表情は震えた声で俺を睨む。
「放せ!!」
「お前……おい!本当どうしたんだよ!?」
 振りほどこうと体を動かす度に、
夕日を反射させながら滴を砂浜に落とす姿はとても見ていられるものではなかった。
「放せと言っているのがわからぬのか!!」
 掴んでいた手に痛みが走った。その際の緩んだ隙に、細い腕はするりと抜けていった。
そしてまたルキアは俺を背にして、逃げるように歩きだす。
―わからねぇ。
 ふと、振りほどかれた手を見やると、小さな一線が赤い滴を浮かべていた。
―わからねぇ。
 ジワジワと沸き上がる痛み、さらに遠くなる小さな背中。俺がこの場に止まり続けるだけ距離は開いていく。
―わからねぇ。
 俺は答えが出せないまま、混乱に揺れる自身を無理矢理押して、ルキアを追う為に足を前に出す。
しかし、距離はいっこうに縮まる気配を見せない。それどころか更に距離は離れていく。
 皮肉にも、恨んだあの今は俺の後ろから近付いている様だった。
 恐怖に思わず後ろを振り向く。するとそこには相変わらず夕日が浮かんでいるだけ―。
しかし、確実にそれは先程よりも水平線に飲み込まれつつあった。
 沈ませるわけにはいかなかった。


 刹那、俺は隠すことなく自分の中の衝動に正直に従った。
―悩んでいる暇なんてねぇ、わからなくたっていいじゃねぇか。
 俺みたいな馬鹿には死ぬまで分からないかもしれない。
だけど、ここで沈ませてしまっては必ず後悔することくらい分かっている。
これは恨んだあの今から逃げるんじゃない。わからなくっても突き進んで、
ウジウジしたのが俺を追い掛けるまで突き放してやる。考えるのはその後でもいいじゃねぇか。
 俺を見つけだした俺は、俺を奮い起たせて走り出した。


―…何故私は逃げているのだ……
 あの時、目の前の夕日を追っていた。大きく、橙色に輝くそれはすぐ側にあるものだと思えた。
しかし、幾等歩いても、幾等走ってもその距離は一向に縮まらなかった。
 そう、夕日に照らされる私の内に立ち込めていた霧は次第に一つに凝固され、
ついに影を落としてしまった。そして、輝きが増せば増すほど影は色濃くさせる。
離れると光が届かなくなることが怖く、近付くと影が大きくなることが怖かった。
わからない―私はどうしたらいいのだ―。答えのでない矛盾に、さらに足を速めようとする。
 その時、私の視界は影に覆われた。気が付くとその影は私を強く抱き締めていたのだ。
「‥一護っ‥やめろ!!」
 暖かければ、それだけ辛い。
咄嗟に抜け出そうと抵抗をするが、この非力で小さな体は抱えこまれるままだった。
「放せ…!…頼むから放してくれ……っ!」
 聞こえてくる鼓動が大きければ、それだけ悲しい。
力なくその音から逃げようと胸を押しやるが、逆に更に強く抱き締める。
「お願いだから…っ……放してぇ……」
 強く抱き締める両腕が優しければ、それだけ滴は止めどなく溢れた。
―わからない…わからない……!!
 必死の抵抗と鳴咽にくぐもる私の声に、突然一護の声が掻き消した。
「絶対に放さねぇ!!」


 抱き締められた胸の中で、私は瞳を見開いた。
 一護の影に私は重なっている。それだけ私の影は濃くなる。
その代わり、私の手の届く所まで夕日は自分からやってきたのだ。
私が逃げさえしなければ、そう、私が素直にさえなれば必ず迎えに来てくれるのだ。
この言葉にそこまでの意味が含まれているか定かではない。
だけれども、今の私を包み込むには十分すぎる言葉だった。
 感情は極まり、また瞳に滴が耐えきれず流れだした。
漏れる鳴咽を押し殺そうと歯を食い縛るが、そこに一護はギュッと強く、優しく私の顔を自身の胸に埋めさせた。
 瞬間、この溢れる感情に堪えきれず、初めて私は人前で声を上げて泣いた。



「…落ち着いたか?」
 次第に落ち着きを取り戻し、今は鳴咽の余韻だけ残したルキアの頭を撫でながら言った。
すると少し時間を開けてから、そっと頭が上がった。まだ表情は心持固かったが、
あの時のような痛々しさは消えている。上目づかいで見る大きな瞳はまだ潤いを残しており、
下瞼は泣いた後の薄っすらとした赤みを持っていた。
「ったく、明日目ぇ腫れちまうぞ。」
 やっと安心した俺は、少し照れ笑いを浮かべながら頬に残る滴の後を指で拭き取る。
その時も、ずっと俺を見ているままだった。射抜かれるような感覚が背筋を這った。
「なんだよ?」
 自身の眉間に意識が飛ぶ。
「今日は下がってないだろ?」
 しかし、俺の軽い調子に相反してルキアの表情にはいたって真剣に見える。
 ふと、その瞳がゆっくりと閉じられた。残る滴が睫を潤わせ、少し怯えたように微かに震え、
顔を赤くしながら、今にも泣き出しそうな表情で。
 これはどういう意味なのか。導いた結論は多分―当たっている。
信じられないという気持ちが嬉しさの前に先行したが、短命な感性はすぐに見当たらなくなった。
俺の腕の中で見せてくれるこの姿―内が暖かく満たされて行く。壊れてしまいそうな
軽くて小さな体をもう一度抱き締めて、俺はルキアの求めるままに感情を委ねた。

 ルキアの唇は俺の唇によって塞がれた。柔らかく潤う、暖かい感触。
「…はぁっ‥んっ……ふくっ‥」
 開く唇を舐め回し、徐々にコイツの中を俺の味に浸す。
開かれた口内に舌を差し入れて互いに絡ませ合い、
俺が舌の裏側を刺激してやれば、それに習うように同じことを繰り返す。
甘く滑らかなコイツの味に酔いしれた。
「はふっ‥ん、くっ…いちごっ……くるし‥ぃ」
「あぁ‥わりぃな。」
 夢中になる俺は、息をすることすら忘れていた。
 まだ足りない気持ちを抑えながら唇を離す。
その代わりに、桃色に上気する柔かい頬に両掌を置いて見つめた。
瞼を緩く閉じたまま、本当に苦しかったのか深呼吸をするいじらしい姿は、
見ていて飽きさせることがない。
俺は耐えることなんて出来る筈もなく、まともに息を整えさせないまま再開させた。
 また侵入させた舌先は、口内にあるルキアの敏感な部分に這わした。
「ふぁ‥」
 溢れた一段と湿っぽい艶を含んだ息を漏らすことなく受けとめ、
そのまま少し高めにルキアの頭をもたげる、そして俺のとコイツのが入り混じった唾液を流し込んだ。
「…?、!‥んうぅぅぅ……、」
 突然口内に粘り気のあるもので満たされたことに驚いたようだが、コクッと喉が鳴らして飲み込んだ。
するとまた同じように、混ぜ合わせたものをルキアからも俺の口内に届けてくれた。
そうやって思い思いに溶かしあった後に唇を離すと、
行き場を失う液体は糸を引きながら重力に導かれ落ちていく。
 そのまま舌を這わせながら、左耳を甘噛みした。
「は‥ぁ…ん‥」
 敏感に反応するコイツの甘声を楽しみながら、項をそっと撫でつつ次第に舌を首筋に移す。
俺は項の髪の毛が掛る辺りに吸い付くと、赤い花びらが厭らしく咲いた。
「…うぁ‥」
 短い声を上げると、突然ルキアは力を失ったように倒れそうになった。すかさず抱き絞める。
快感に負け、ガクガクと震える細く長い足を見ると、どうやら立つことすらままならないようだ。
完全に俺の体に体重を委ね、崩れてしまわないように、俺のシャツをキュッと握り締めていた。
「‥この後も続けていいか?」
 それは欲望や快感のような醜いことではなく、純粋に俺はルキアを抱きたかった。
俺のこの気持ちが通じたのか否かはわからないが、
胸に蹲るコイツは顔を埋めながら、無言で一回だけ頭を小さく縦に下ろした。


 早まる気持ちを抑える俺は、砂浜だとルキアの肌に砂が付いてしまうことを躊躇し、
コイツを抱き締めたままポケットに突っ込んでいたシートを乱暴に敷いて、そこにそっと寝かせた。
 仰向けのルキアの上に股がる。すると俺の視線が恥ずかしいのか、両手で顔を隠した。
「ほら、手ぇどけろって。」
 手首を掴み、頭の左右に軽く押し付ける。抵抗はない。
が、端から見れば襲っているようにも写るだろう。
 今は誰一人としてこの砂浜にいないようだが、
ガキと、それ以上に幼く見えてしまうガキが情を交している時に誰かが来てしまった時どうする。
昨日は海の中だったからまだ誤魔化せるが此処では文字通り姿も、
行為も全てが丸見えだ。俺は構わないにしても、コイツの気持ちはどうなる。
「なぁ…やっぱ無理しなくてもいいんだぜ‥その、外じゃねぇか。」
「‥無理など…していない……」
「そうか?」
 強がってはいるが、表情や掴む腕から緊張が伝わった。
その腕から片手を離して、コイツの頭をグシグシといつもの如く乱暴に撫でてやる。
「こっ、コラ!止めんか‥」
「なら、あんま気ぃ張んな。」
 笑う俺に対し、ムスッとしたふくれっ面をする。やっとコイツらしい反応が返ってきて心底嬉しかった。
 でも次は、その表情を壊すために白いワンピースの上から胸の膨らみに当てがう。
するとルキアのふてくされた表情は、蠢く掌に歪まされた。
仰向けになり小さいのが薄くなってしまってはいるが、指先で軽く押すと柔らかに沈んだ。
と同時に相変わらずコイツは付けていないことを知る。
そのことを確かめるように、俺は服の上から頂点に唾液を含ませた口付けをした。
「くぅっ‥ぅ」
 口を離すと、唾液に濡れた白い布越しに桃色が透けて現れる。
同じようにもう片方も透けさせてやった。頂点だけを薄っすらと見せる菅能的な姿に、下半身は熱くなる。
 おもむろにルキアを起こして、抵抗させる間もなくワンピースをヘソ辺りまで下げやった。
少し熱った白い胸に夕日が色を付ける。
だが、強がってはみても恥ずかしいのか両胸を掌で隠して蹲ろうとした。
「やはり‥恥ずかしい……」
 両目を強く瞑り、顔を真っ赤にする。
「無理してないって言ったじゃねぇか。」
「…しかし……人が来たら…」
 しょうがないな、といった様子で俺は海の方角を向いて座り、
俺の体で隠すようにルキアを背から抱き、艶やかな黒髪の上に顎を乗っけた。
「これなら人が来ても大丈夫だろ。」
「何がだいじ‥うぁあ…」
 文句を言わせないうちに音を立てながら耳を舐めた。
すると、胸を隠す両手を抵抗なく露にさせ、
次の瞬間には、コイツの脇の間から俺の掌が逃がさないようにしていた。
「はぁっ…うぅっ‥ぅん」
 触れるか触れないかの距離で、胸全体に指を這わす。
くすぐったさに似た痺れがルキアの体中を流れ、
その度に体をピクンとさせ、鼻にかかる声を漏らす。
敏感な桃色の頂点はまだ一度も触れていないのに、
既にぷっくりと立ち上がり夕日によって僅かに影を作り出していたのを見た。
「厭らしいな…」
 俺は人指し指を桃色の輪の外側に沿って、くすぐるように円を描いた。
自身、今すぐにでも触ってしまいたいが、
もどかしそうによがりながら震わせるコイツが面白くて何週もさせる。
 うぅぅ…とルキアは小さくうめいた。すると耐えきれなくなったのか、
そろそろと自分の片手が先端に伸びそうになっていた。俺はその手を掴む。
「焦んなって。」
 掴まれてからルキアは気が付いたように、驚きの声をあげて恥ずかしそうに俯いた。
俺はその姿に笑いそうになるのを堪えながら、ついに膨れ上がった頂点を触れた。
「あぁぁっ…!」
 指の間で転がす度に、色めいた声は何度もあがる。
ゾクゾクと身体中に流れる快感にルキアの声も自然に上がり、思考を痺れさせた。
「ココが気持ちいいのか?」
 両の桃色の突起を摘みながら何気なく呟いた。
すると、浸す快感に堪えながら遠慮がちに小さくコイツの頭が上下した。
普段、色を帯びた問掛けはどこまで行っても一方通行だったものだから、
素直に答えが返って来るなんて思っていなかった。
気を良くし、勢い付いた俺はルキアをもう一度仰向けに寝かせ跨ぐ体勢になる。
先ほどは晒すことを厭がっていたのに、今は為されるがままに身を委ね、
俺の顔が胸に導かれるのを見守っていた。
 上向く先端の内輪を舌先でなぞる。肌とは違う舌触りが敏感に伝わった。
「いやぁ‥はあぁぁっ…!」
 俺の髪の毛を両の手で掴み退かそうとするが、快感で抜けた力なんて意味を成さない。
むさぼるように両の胸を舐めたり、吸ったりと柔らかく甘い女の感触を味わい続けた。
「もう…一護っ!ダメぇ‥!!」
 そう言われるが止められる筈がない。俺の舌に翻弄される小さな突起は、
もて遊ばれ過ぎて酷い熱を持っていた。
更にしたいがままに続け、そして頂点の筋を舌先で掘り下げた時だ。
「ぁ はぁぅ ぁぅぅぁ‥!‥…ふぁぅっ‥!!」
 声を裏返せて腰を浮かす。やがて四肢をだらしなくし、薄く開ける瞳は焦点があっていない。
まさかとは思ったが―、どうやら胸の愛撫だけで果ててしまったらしい。ここまで敏感なことは初めてだった。
 荒く艶めかしい息をする姿が、ふと、頭の中に温い霧が立ち込ませる。
俺の愛撫で感じてくれるその姿がもっと見たかった。
もっとコイツを壊してやりたい。そしてもっとコイツを悦ばせてやりたい。
コイツの全てを俺のものにしたい―。そう過ぎった時には、いつの間にか言葉が溢れていた。
「…あのよ‥今日は……俺の好きなようにやらせてくれないか……」
 もう理性はギリギリを保っていた。
ただ、それは自分への快感を求めているわけではない。言葉には言い表せられない感情だった。
 快感が覚め止まぬままの突然の要求に戸惑った様子を見せる。
が、少し考えた後ふいと顔を逸らして呟いた。
「……好きにしろ…」
 そうやって瞳を潤ませて恥ずかしがる姿を見ていると、本能に委ねてしまいそうになる。
許しを得た俺は理性が吹き飛んでしまう前に動いた。

 腰にまで下がったワンピースに手を掛けると、躊躇はしたが自分から腰を浮かせた。
コイツは夕日の空の下、一枚の布きれ以外に何も身に付けていない。
「恥ずかしいか…?」
「分かりきったことを聞くな……」
 不安定な境界線を歩く俺は、言葉を交すことで治める他なかった。
ルキアは片方の腕で瞳を隠し、もう片方全体で両胸を隠していた。
「隠さないでくれよ‥」
「‥うぅ…」
 少しの嫌がりは見せるが、先程の約束通りゆっくりと両手を下ろす。
その姿を見やりながら、俺はルキアの足元に座り、華奢なふくらはぎを撫でた。
俺の掌ではゆうに指と指が届くほど、折れてしまいそうな細く長い足。
いたわりながらゆっくりと上らせていく。 閉じられた太股との内側に指を割り込ませた。
「あぅぅん…」
 腰をよがらせて体を張る。どこ以上にも内側が一番痺れさせるらしい。
 しかし、それ以上に痺れさせる場所は別にある。そのまま指を這わせて俺は最後の一枚に手を掛けた。
「やっ…やめ…」
 下ろそうとすることに抵抗しようしたルキアだが、無意に俺を坩堝に落とした。
「てめぇ、誘ってるんかよ。」
 腰を浮かせないようにと力を入れるためにしたらしいだが、足を広げるという失態をおかしてしまった。
「うわっ!わっ!!」
 次は閉じようとするが、体を間に割り込ませて閉じさせない。
「ほら、閉じたきゃ腰あげろよ。」
 負けてしまったことが悔しいのか、歯を食い縛りながらを俺を睨む。
が、そんな風にしても素直に従って腰を浮かせた。体を退かせた俺は、ゆっくりとずらす。
その時に透明の粘り気のある液体が、下着に引かれながら糸を張ったのを見て思わず胸が高鳴った。
そしてついに隠すもの全てを取り去った。

 白くて長い華奢な四肢に肩や腰。十歳児並の体をしてはいるがそれよりは少し大きい、
けれども控え目な可愛らしく柔かな乳房。胸の大きさ相応の桃色の輪の上に、
可愛らしく立ち上がる乳首。同じく十歳児並の体相応、成長を忘れたような幼い恥部の縦筋も可愛らしかった。
そして、舐めるように送る視線に恥ずかしさを隠せず、潤む黒曜色の大きな瞳。
流れるように艶やかな黒髪、口も、鼻も、耳も全てが俺を昂らせた。
「貴様‥何が言いたい…」
 見とれる俺にルキアは睨みつけた。思わず口を詰むぐ。
「あぁ?!‥いや……」
「…どうせ餓鬼のような体だとでも思っていたのだろう!」
 前から自身の幼い体に軽いコンプレックスを抱いていたものだから、すぐに被害妄想に走る。
しかしそれでも真剣なのか、言葉も震わせていることが濁す事を選択肢から消させ、
恥じらいながら答えさせられた。
「ほら…なんつーか、、あの……俺は…、‥かわいい…と思う‥ぞ?」
「"ぞ?"とはなんだ、"ぞ?"とは?!」
「うっ‥うるせぇ!だまってろ!!」

 俺達らしい会話が理性を蘇らせてくれた。余裕を持てた俺はルキアの足首を持ち上げ、
膝を立たせる。すると、怒っていたのから一変、弱々しい熱の篭った瞳に戻った。
「‥いやだ…」
「見られるのがか?」
 切ないような、哀願するような潤んだ瞳で見つめられた。
「…大丈夫だ。」
 それを聞いたルキアは瞳を閉じてから足の力を抜いた。
そして俺は両膝に手を置き、そっと、ルキアの一番恥ずかしいところを開いた。
 下着を脱がすときに一瞬目にはしたが、案の定、一度愛撫で果てた恥部はだだ濡れで、
内股辺りには溢れた蜜が開くときにまた糸を引く。
夕日に照らされる全体は蜜によって、厭らしい光を放っていた。
 俺の下半身はコイツの中へ入ることをせがんだ。先ほど取り戻した理性もまた消えそうになる。
気が付いたらジーンズのチャックに手を置いていた自分を戒めた。
「…ぅぅ…そんなに…見ないで……」
 辛そうに声をあげる。
見られているだけなのに敏感に反応する恥部はヒクヒクと痙攣し、
入り口が閉まる度に蜜を新たに染み出させていた。
 更に股を大きく開かせ、顔を近付けて凝視する。
「‥見られているだけなのに濡れてく…」
「…うるさ‥い……」
「これだけでイクなよ?」
 そういいながら、先ほどは届かなかった内股の奥までを撫でる。
さらに進むと溢れかえった蜜が内股に付いている所に触れ、ヌルヌルと滑らかに掌を滑らせた。
「‥減らず‥口を…んっ…たたくっ……」
 屈んだ俺は、ルキアの股の間に体を割り込ませた。
股は大きく開かれ、恥部も同じように開かれたが、俺はヌルつく指をソコへ決して触れさせることはなく、
ギリギリの輪郭の外を指でなぞる。すると早く、と急かすように入り口は何度も開閉を繰り返した。
「やぁぁ………」
 泣き出しそうな声で俺に哀願する。そうやってもどかしくする姿がとても嬉しかった。
「こうやってされた方が気持ちいいんだろ?」
「違うぅ……」
 コイツは俺の言葉を待っているんだ。
こうやって俺にいじめられることが快感なのだ。確信させるように、蜜は次々に溢れてくる。
「…イクまで気持ちよくしてほしいんか?」
「ちが…うっ……」
「なら、今止めても良いんだな?」
 瞳に溜める涙を堪えながら言葉に詰まらせる。少しの間隔を置いて、ふるふると首を横に振った。
「それじゃ分かんねぇよ。」
 ついに睨む瞳からは涙が溢れた。そして毎回ように罪悪感が体を蝕む。
いつもならここで素直に要求を聞いてやっていた。だけど―今回はコイツを壊したい、悦ばせてやりたい。
俺は言葉を続けた。
「ちゃんと言ってくれねぇと分かんねぇ。」
 更に溢し、きつく俺を睨む。
もっと焦らしてやる為に、もう片方の手を胸に置いて先端には触れないように優しく揉む。
すると恥部は正直にさらに垂れ流させた。
「止めるぞ?」
 この一声が、ついにルキアの羞恥の限界点を越えさせたようだ。
口元に入った滴を飲み込み、甘えるような、くすぐったい声で呟いた。
「………止めないで‥くれ……」
 睨む瞳は、色めく滴を溢しながら俺にすがりつくようになり、
自身の手で下半身から逃げようとした俺の手首を掴んだ。そう、ルキアを壊した瞬間だった。
 更に言葉を続ける。
「その‥イクまで気持ちよくなりたいんか?」
 顔を真っ赤にして頷いた。
「……ク‥まで………ほしい……」
 自分の耳を疑った。責める訳でもなく思わず、聞き返す。
「…?…今、なんて‥?」
 少しだけ間を置いて、次はもっとはっきりと言葉した。
「…イクまで……気持ちよく‥してほしい……」
 こんな卑隈にめいた言葉がコイツの口から出てきたなんて。
今すぐにコイツと重なりたい―。そう思わされたが、ここで終らせるのはもったいなかった。
「…どこをいじって欲しいんだ?」
 俺を掴んでいた手を退かせると、力なく人指し指を立てた震える手で、
恐る恐る示す。それは自身の入り口を指していた。
「そこだけか?」
 グスッと鼻をすすりながら次に、指は既に膨れ上がった小さな芽を指した。
敏感な箇所を指差す厭らしさが、俺をおもむろに取り上げた人指し指に吸い付いた。
「…いちごぉ……」
 そこではない、と言いたいような寂しげな瞳をする。
「わかってる…」
 そう期待させた俺は、大きく股を開かせて、ゆっくり突き立てた中指を侵入させた。
「ふくうぅぅぅっ……」
 第一間接、第二間接と確実に内へ割り込む。暖かい愛液に濡れた柔かい壁を押しやり、
ついに全部が入りきる。力強く締め付ける肉壁は爪の間まで埋めてしまうほどの密閉感だった。
抜き去るのを拒むように、指に強く吸い付きながら、
蜜でコーティングされた中指が現れる。第一間接くらいまで引き抜いた後、
もう一度侵入させようとすると、ちゅくっ、という粘っこい音を立てて逆に拒むように締め付けた。
「あぁっ‥ふあ…」
 たかが指だというのに、俺にその一点から身体中に気持ちよさを伝える。
しかし、それ以上に流れる快感に痺れるルキアは、あえぐのを抑えきれずに可愛らしい声を上げた。
もっと色情に濡れる声を聞きたくて、その運動のスピードを速める。
「ふぁっ‥あぁっ‥ぁぅ、うぁん!」
 くちゅ‥くちゅ‥という、恥部から流れる蜜の糸を引かせた音に合わせてコイツは鳴く、
まるで玩具のようにだ。その玩具に指をもう一本増やして入れてみる。すると更に声は色づき、
くい、と内側で指を曲げるとさらに大きく鳴く。
 その行為を続けていると、自身の指のある異変に気が付いた。
「…はは、指ふやけちまったよ。」
「…いやぁぁ……」
 白い泡が立つ中、現れては消える指は愛液と熱さで溶かされていた。
溶かした張本人は恥ずかしさのあまりに顔をまた手で覆い、滴を溢した。
「こら、顔見せてくれよ‥…」
「だって……!」
「それに気持ち良いならちゃんと言えよ?」
 拒みながらも、俺の要求にちゃんと顔を隠す手は降ろされ、深く指を挿すとまもなく返事は返ってきた。
「…ひぁ、……ぅん…気持ちっ…い‥い、‥あぅっ!」
 息苦しそうにあえぐ恥態は厭らしく、充実感に満たされる。
「もっと‥よくしてやるからな。」
 期待に胸を膨らませるコイツは、よがりながら甘声を響かせた。
指を引き抜いた俺は、人指し指と中指で入り口を開き、顔を近付ける。すると独特の香りが鼻孔をくすぐった。
「やっぱりよ‥お前溢れすぎだって。」
「‥息が‥熱いっ…」
 俺の口から出る吐息も、コイツにとっては快感の一因らしい。
こじ開けられたソコは、閉じようとするのをそのままにして、赤い媚態の中に舌を差し入れた。
「ぅわぁぁ…!!」
 甘酸っぱいルキアの味が口内に広がった。
むさぼるように大袈裟な音を立てて吸い付いたり舐めたりと、感覚的にも、聴覚的にも責める。
今更ではあるが、あんな意地っ張りで小生意気なルキアの恥部を目の前に丸晒にして、
俺に甘えた声をあげながら舐め回されていることを思うと頭が痺れた。
追い討ちを掛けるように、もう一方の手で芽を親指と人指し指で挟んで二重の快感を与える。
「ひゃぁ!!」
 私欲に舌が踊り、敏感な芽は持て遊ばれ、恥ずかしい姿で責められている―。もう限界だった。
「ふぁ…ああぁっっん!!一っ、一護ぉ‥!もう‥耐えきれな…ひ、っ!‥イ、クぅっ……イッてしまうっ‥!!」
 はらはらと滴を溢しながら泣きだす甘い声で、ルキアは俺に快楽に落として欲しいと哀願した。
俺はその願いをしかと受け止め、舌と共にふやけた指も差し入れ、最果まで導いてやる。
「もう、‥あぅ!、…ふあ……ぁあああっ――!!!」
 足の指先を強く折りながら、体を激しく張らせてついにルキアはイった。
同時にコプッ、とルキアの愛液が溢れ返り、俺の唇にトロリとかける。
入り口は余韻に浸り、律動的にヒクヒクと痙攣をしながら、もっと、と俺を要求していた。
 かけられた愛液を飲み干し顔を上げると、ルキアは汗の滴らせた額に黒髪を乱れさせ、
涙を流した瞳を瞑り、荒々しい息遣いの口元から厭らしく一筋の涎を垂らしていた。

 もう、俺も耐えきれる筈がなかった。はち切れんばかりにジーパンを押し上げる欲望は
限界をゆうに超えていた。俺は立ち上がって興奮の汗で張り付くシャツをもどかしく脱ぎ去り、
ベルトに手を置いた時だ。


「…待て‥一護‥」
 まだ快感に体を蝕まれたままのルキアが弱々しく制止する。
「な‥なんだよ?」
 だるそうに体を起こし、重力に引かれた胸を少し大きく見せながら、両手をついて上半身を支える。
そして四つん這いで近付いて来たかと思うと、膝立ちをしてベルトに手を掛けた。
「私が‥…やる…」
「なっ…どうし……っこらっ!」
 急なことに戸惑ってしまう俺を尻目に、下手くそに金具を外す。
そして、一瞬躊躇しながらも一気にパンツごと全てを脱がせた。
すると、固くそり立つ俺の分身がルキアの目の前に飛び出した。
「うわっ?!」
 まるでびっくり箱を開けたような反応をする。が、次にはまじまじと分身を眺めていた。
「おっ…おい!!」
 気恥ずかしさに逃げようとしたが、見ている側も顔を困ったように、俺とソレとを見返ししていた。
「…あの…、だから…、、う‥ん、その‥だな……」
 やがて何かを決心したのか、くすぐる上目づかいで俺をしっかりと見た。
「‥…今日だけ…特別だからな……」
「あぁ?どういう意味…て、おい!お前何してんだ?!」
 顔を俺のモノに向けたかと思うと、たどたどしく小さな細い手で俺のを優しく握り、
無垢で小さな舌を少しだけ出して、なんと俺の先端をそっと舐め上げた。
「くっ……!」
 未知の快感が身体中に走り、一気に頭がふらつく。
俺が驚きと快感に惑わされる様子を見て、ルキアは逆に顔を赤くして俯いた。
挿れるとは違う、全てを委ねてしまうというのは、また格別だった。
ルキアを見ると、恥ずかしがりながも何度も何度も、一生懸命に舐めてくれていた。
「あの‥よ‥…嫌じゃなかったら‥口の中でもやってくれねぇか?」
 この快感に魅了された俺は、黒髪を撫でながらお願いをしてみる。
すると少し考えはしたが、その後は厭うことなく暖かいルキアの口の中へ導いてくれた。
が、この後にどうすれば良いのか分からないルキアは、俺のをいっぱいに口でくわえたまま、
眉を下げた困った表情で俺を見上げる。
 全く、男のを口に含んだまま、
しかも丸裸でそんなあどけない素振りを見せ付けるコイツに少し呆れるのと同時に、
いじらしい気持ちに思わず苦笑いを浮かべた。
「頭動かしてながら自分のやりやすいようにしてくれよ。」
 理解したルキアは、ゆっくりと頭を動かして俺のを口内と舌で擦りあげ始めた。
「んふぅ、んっ、んっくっ‥ぷはぁ…」
 少し続けているうちに、最初はおぼつかなかったが次期にコツを掴み、色々と方法を変えて追いやる。
あれだけ嫌がっていたのに、今は自身から懸命にしてくれている。
口元から溢れた涎を拭おうともせず、ジュプジュプと液体を刻みながら夢中に頭を上下させ、
含みきれない根本は小さな掌で擦る。
確に口でしてもらえることも快感ではあるが、
この背徳的な行為を好んで、俺に快感を与えるくれるために頑張るルキアの姿がとても気持ちよくさせた。
 視線に気が付いたのか、半開きでぼんやりとした瞳が俺を見つめた。妙な恥ずかしさに、俺もルキアを責め立てる。
「んんんっ…!!」
 膝立ちするコイツの胸の両の突起を摘むと、歯を立てないように目を瞑りながら苦しそうにあえいだ。
甘い快感に辛そうな表情をしながらあえぐ。
しかし、愛撫する指は俺自身に襲いかかる快感に朦朧とされ、時折止まってしまう。
 すると、下半身の中心に向けて何かが込み上げるのを感じ、呼び掛けた。
「…ルキアっ、もういい…」
このままでは口内に出してしまう。さすがにそれは可愛そうだと思い、
抜き取ろうとするが、俺の制止に聞く耳を持たずにそれどころか更に愛撫を激しくさせた。
頬で圧迫して舌を先端や裏筋に這わせ、自分の限界以上に俺のものを突っ込んだ。
すると先端は喉に当たり、今までとは違う滑らかな唾液が溢れる。
苦しそうにルキアは目を細めさせたが、それが俺をまた追い詰めた。
「おい、ルキアっ…!」
 限界の俺はなんとかして引き抜いた。しかし、コイツは俺の考慮なんて無視して、
最後の最後に柔かい唇が別れを惜しむように先端を吸い付いてしまった。
「くっ……!」
 情けない一声と共に、目の前が白んだ。すると、意思とは関係なしに白濁の液体が跳ねる度に飛び出す。
しかし、その先は目の前にいるルキアで、みるみるうちに俺の汚い液が顔にかけられた。
 出しきるまで出した肉棒だが、まだ時折弾んで足りなさそうにする。
 快感に浸る俺はふとルキアを見ると、ペタンと力が抜けたように座り込み、上気した顔中に鼻をつく白濁をつけ、
ぼんやりとまどろんだ瞳で手にもかかったそれを眺めていた。
無垢なるものを汚す、そんな悦びの感覚がした。が、それも一瞬で熱が冷めると罪悪感が現れる。
「わっ‥わるい!!今すぐ拭いてやるからな!」
 焦る俺は、後ろにある脱ぎ捨てた自身のシャツを拾い、振り向いた。
 目を疑った。なんとルキアは俺の心配をよそに自分の手にかかった白濁の液体を舐め出していたのだ。
「おっ‥お前っ―?!」
「‥大丈夫だ……」
 そうは言うも、不快な味に涙目になりながら嘔吐く。
掌を綺麗にしたかと思うと、次に顔にかけられたのも指で掬い、乗せられた白い液体をしゃぶりだした。
「‥うぅっ……」
「本当、無理すんな!」
 呼び掛けはことごとく無視され、何度か苦しそうにすることもあったが、ついに全てを飲み込んでしまった。
それを驚きの顔で見つめる俺に、少し顔を赤くしながら、決まり悪くしながら恥ずかしそうに目を細めた。
 どうしてコイツはこうも悦ぶようなことをしてくれるんだ。悦ばせる立場が逆転している。
艶やかなその微笑に見とれていると、突然、ルキアは照れを隠すように呟いた。


「……私は、貴様と此処へ来る前に約束したな?」
「えっ‥は?」
 不意の言葉に意味が分からないでいると、小さく溜め息をついて、また少しだけ笑った。
「私の言うことを何でも聞くという約束だっただろう。」
 そういえば、そんな約束をした気がする。コイツも忘れていたんだろうが、
何故こんな時に。でも俺もこんなに悦ばせてもらっているんだし、聞いてやろうと思った。
「…わかったよ……何聞きゃいいんだ?」
 するとルキアは、正面に浴びる夕日で赤い顔をもっと赤くさせ、俯し目に唇を震わせた。
「‥いちご……」
 吐息混じりの名前を呼ぶ甘さに、体が反応する。
そして、俺は訳も分からぬうちにルキアに抱き締められていた。
頬と頬を愛おし気に擦り合わせる。まるで、何かにすがりつくように。
「…もっと……もっと私は‥近付きたい……」
 耳元で消え入りそうなルキアの熱い息がかかる。
「……いちごぉ…」
 そしてもう一度、俺の名前を切なく呟いた。
もうだめだった。理性なんて吹き飛んでしまう。
そう、俺もコイツに壊されてしまった。それは内で沸き上がる、これ以上に無い愛しい気持ち。
 しかし何だ、この妙な苦しさは。どれとも似つかわしくない、
でも過去に触れたことのある痛み。それが胸の奥で蠢いていた。
しかし、暗転しかけた思考は目の前の欲望が無理矢理に強制終了させた。


 俺は求めるままに体を倒させて上から覆い被さった。
抱き締めたままに上気した汗まみれの体と体が重なり、互いの汗が結合する。
そして舌と舌をも絡まわせ合う。
 この肌の温もり―そっと左胸に手を置くと確に今、ルキアの音が伝わる。
 そのまま置かれた手は、今度は焦らすことをせず欲望のまま揉みしだき、
敏感な小さな桃色に吸い付いた。もう片手では優しく摘んで転がす。
「あぁぁぅ‥ぅ!」
 胸から脇腹へと舌を下降させていく。やがて、入り口の扉へ辿り着いた。
すると、俺が手を掛けると自分から膝を立てて少しだけ股を開いた。
「…そんなに気持ちよくなりたいんか?」
 そういうと、またいつもの反応で恥ずかしそうに俯つ向く。
 その愛らしげな姿―確に今、俺の目に映り込んでいる。
 恥ずかしい所をもっと大きく開かせる。入り口の奥まで全てが丸見えだ。
欲しいとせがむソコは、十分に潤っており、そして、また興奮して膨張した俺が入る準備はすでにできていた。
 唾液に濡れたままの肉棒で入り口を先端で這わせる。
「はぅぅん…!!」
 僅かに触れることすら、掌を強く握り締める程の快感に変わる。
そして熱い情を入り口に宛がった。
「……入れていいな?」
 手を伸ばしてルキアの下唇に親指を置いてなぞらせた。そのまま少しだけ俺達は視線を交しあう。
俺の茶色をした瞳には、ルキアがいる確信があった。
「…うん……」
ルキアはその手をそっと握り締めて答えた。
俺もその手を握りかえして、ついに、ルキアの中へ俺の気持ちをゆっくり侵入させた。
「ぅぁぁっ あぁっ……!!」
 水っぽい音を立てながら、俺の先端がルキアに包まれていく。
しかし、いくら濡れても狭い入り口は、なかなか入ることを許してくれない。
「力抜けって……」
 俺は固くなった芽を軽く摘んだ。すると体が一瞬緩んだスキに中に入れるだけ侵入させた。
「ふあぁっ!!」
 挿し込むと同時に熱い愛液を垂れ流す肉壁は、俺が中から逃げないようにギュっ、と狭い入り口が更に閉まる。
 自身等の重なりあった下半身を見る―確に今、俺達は繋がっている。
 ルキアに載せた両の手で胸を揉みながら唸るように声を出した。
「もっと、もっと気持ちよく…させてやるからな…」
 悦ばせてやりたい。それだけが俺をつき動かした。
可愛そうなくらい押し広げられた幼い恥部に、
両足を持ちながら最初はゆっくりと、しかし、次第に早く腰を振る。
熱く滑る肉壁に擦りあげられる恥部どうしは互いに快感を与え合い、
俺とコイツの股にまで愛液は滴り、肌が触れる度に水っぽい厭らしい音が夕凪に乗せられる。
打ち付けられるルキアは、薄い胸を僅かに揺らしながら甘美に声をあげた。
「ふぁっ あっ ぁぅっ あっ!!」
 両手をルキアの頭の横について、愛しいこの顔を眺める。
するとまた内に懐かしい痛みが沸き上がった。
俺は戸惑いながらも見付かりそうな感情を探すように腰を振り続る。
色に染まる汗が滴り、ルキアの頬に落ちた。すると、薄く開けられた瞳と瞳がぶつかった。


 不意に恨んだあの時が脳裏を掠め、あの時の感情を鮮やかに蘇らせる。
 鈍色の記憶に揺れる内に染み付いた、言葉にできない感情、
それは、息を潜める未だの後悔に刻まれた、千切れるような痛みだった。
添う悲しみは背中をすり抜けることがなく、
心の奥底で膨らみ続ける愛しい気持ちに今でも憑きまとっている。
 何故今まで気が付かなかったのか分からない。
もしかすると俺は、あの時の自分から目を逸らしたかったのかもしれない。
でも、俺はこの痛みにもう一度出会えたことに感謝する。
そう、探していた黒曜色の瞳の中には、まぎれもなく答えと俺がそこにいたからだ。


「いちごぉ…」
 ルキアの震えた言葉が俺を呼び戻した。
「…どうしたのだ……」
 動きを止めたまま虚空をさ迷っていた俺を不安に思ったのか、泣き出しそうな声で見つめる。
「…大丈夫だ。」
 そう言って、強く両の手を握りあって唇を交わせる。
溢れる熱い吐息も漏らさないように、離れないように何度も舌と意識を絡ませた。
 自身にも言い聞かせたその言葉は、戒めだ。そろそろ俺には過去との決別をする時が来たのかもしれない。
 決意を胸に刻み、もう一度腰を動かす。深く、奥の奥までコイツを掴むように。
「ぁん…!ああっっ!!、っ、ふぁぁ‥!!」
「ルキアっ‥!!やっと見付けたんだ……」
 ついに見付けたあの今に染み付く感情。今のままに溺れていたら変わるものも変わらないのだ。
 先を変えるために、今を決して曲げぬように、俺は容赦なくルキアを抱き締めた。
暖かい肌の体温を伝え合うように、隙間なく体を密着させる。
それに答えるようにルキアも俺の背中に腕を回し、足を絡ませた。
「ああっ!‥一護っ…ぃぁ‥いち、ご…ぉ、‥いちごぉ!!」
 耐えかねるルキアは、確かめるように何度も何度も俺の名前を呼んだ。
―絶対に放さねぇ…!!
 もう何処にも行くな。俺にはお前が必要なんだ。お前と一緒にいたいんだ。お前が愛しいんだ―。
 そして、何度か伝えたこの言葉、だが、俺は初めて今に告げた。
「…好きだ!!‥ルキアっ!!」
 互いに強く抱き締め合うと同時に、白い光が目の前に広がった。



 もう夕日は沈む寸前、背に当たる温もりは冷めつつあった。
余韻に暫く浸った俺は名残惜しく抱き締めていた腕を外し、
重い体を持ち上げ、先程のように頭の両側に手をついて真正面からルキアを見た。
 一度に三回も果ててしまったものだから、疲れたような、
しかし、あどけなさを含んだ艶やかな顔をしてまだ冷め止まぬ快感に瞳を閉じながら噛み締めていた。
「ルキア。」
 俺は乱れたコイツの黒髪を撫でながら、正面を向かせた。
すると、快感に濡らされたぼんやりと眺める瞳が遅れて開かれる。
 絶対に逸さないと決めていた。
俺のそんな真剣な眼差しに押されてか、次にはじっと俺を見つめ返していた。
 今、目の前にルキアがいる。紛れもなく、だ。
しかし、必然の中にある今は今しかないのだ。そして俺は一度、過去の今を転げ落ちたのだ。
 この姿も、この声も、この感情も、この時も、今以外に他はない。
どんな結果が来ようとも俺は全てを受けとめてやる。
しかし、そうは心に決めても本当は怖い、大丈夫なんて自信はない。
だけれども、これがあの今と出会える最後の瞬間だった。ある筈の先を怖れもがく暇なんてない。
もう、時を転げることは止めにしよう。
「どうして、お前は此処に残ったんだ?」


 一護の声が私の中で響いた。
 私が残った理由―それは自身既に答えを見つけていた。そして、何度も伝えようともした。
できなかった。喉元まで登り積めているにも関わらず、怖くて最後の一歩が踏み出せないでいた。
そう、その一歩を踏み出した瞬間、私の内の影は消せないものになってしまうからだ。
踏み出したくて、踏み出せなくて、私はいつも光から逃げることしか出来ず、そして尸魂界に残ったのだ。

 夕日はついに姿を隠してしまった。同時に自然と涙が溢れてきた。
結局、私は夕日に近付くことは出来なかった―。
でも、この涙は悔しくてではない。そっと手を持ち上げる。
すると、一護の頬に触れた。そう、手を伸ばせばすぐにでも届くのだから。
 ただし、その代償として私の影は色を濃くしてしまった。
 苦しめる記憶。漆黒は大きく口を開けて、私を引きずり下ろそうとしている。
あの冷酷な色をした白い塔。追い掛けたくても追い掛けられない。
ただ一人だけで、橙色に染まる夕日を見ていた―。
 今の私には、死を怖れぬ勇気はない。忘れる勇気すらもない。私は―離れたくない。

―…だけれども……、
 私が涙を浮かべたことが原因なのか、
先程まで寄せられていた眉は下がり、今にも泣き出しそうな表情で私を見ていた。
 思わず口元が綻ぶ。
―この糞餓鬼は何があっても、絶対に放してくれないそうだ。
「…私は……」
 泣き出しそうで震えた声が耳奥に聞こえた。
―それに影が消えなくなったとしても、放してくれぬのならば悩む必要なんてないだろう?
「…私は……っ…!!」
 涙が頬を伝った。
―だから…この気持ちを伝えさせてはくれないだろうか?
 私は微笑を浮かべて、ついに、ずっと伝えたかったこの言葉を口にした。


「………私は‥…一護が好きなのだ……」
 俺の耳に飛込んできた言葉はとても新鮮だった。
勿論その筈だろう、初めて聞いたからだった。
なのにどうしたことか、不思議と何も感情が現れない。
 呆然としたまま見つめていると、不意に目の前のルキアが歪みだした。
最初はその理由が分からずにいたが、やがて、込み上げてくるものが何か理解した。
―ヤバいっ…!!
 そう思った時には、ルキアを起こして抱き締めていた。
先走った熱い目頭に促されて、少し遅れて嬉しさと感動が沸き起こる。
―ルキアが…好きと言ってくれた‥!!
 その有り触れた、けれどもとても憧れ、待ちこがれた、たった二文字の言葉。
―俺のことを…好きだと……!
 夕日は沈んでしまい、俺の背の暖かさは冷めてしまった。
だが、俺の腕の中にあるこの暖かさは、確に今、此処にいる。
 喜びを噛み締めようと思うのだが、高ぶる感情を抑え切れなかった。
そんな俺の気持ちに気づいたかのように、そっと橙色の頭を抱き締めた。
 男が流す涙なんて汚いもんだ、誰も見たくないだろう。
だけど、俺は英雄なんかじゃない、ただのガキだ。
格好なんかつけないで、素直に感情に従ってもいいじゃねぇかよ。
「…絶対に…放さねぇ……」
 俺はコイツに導かれるまま、気付かれないように一筋だけ流した―。


 月明かりに揺れる水面、波の打ち寄せる音が心地良い。
俺達はあの後もビーチで潮風に吹かれ、目の前をずっと眺めていた。
 座る俺の隣にはルキアがいる。
寄り添うという距離ではないが、いつものこの距離間が気持ちよかった。
「明日の今頃は―、どうしているのだろうな。」
 夜空に混じる水平線を眺めながらルキアは呟いた。
「さぁな、もう家に着いてんじゃねーの?」
 他愛もない、いつもらしい会話。なのにどこか嬉しくて口元が緩んでしまいそうになる。
理由は分かっている。それはこれからも変わらないコイツと、これからが変わる気がするからだ。
「しかし…、」
「あぁ?」
 視線を感じコイツを見ると、不服そうな顔をしていた。
「折角はわいに来たというのに貴様の勝手ばかりで、ほとんど出掛けられなかったではないか。」
「うるせっ!」
 痛いところを突いてきやがる。そういえばまともに遊んだ日なんて無かったな。
すると、ルキアが思い出したようにほくそ笑んだ。
「…そうだ、まだ貴様は私の言うことを聞いてくれる筈だったな。」
 また痛いところを突いてきやがる。でも、まぁコイツのお陰?でハワイに来れた訳だし。
「ったく、あんま面倒くせーことはやめてくれよな。」
 と、たまに聞いてやると少し驚いた顔をしていた。俺が素直なのがそんなオカシイか。
「えらく素直だな。」
「うるせー。」
 逃げるように俺は砂浜に寝っ転がり天を仰ぐ。同じようにルキアも天を眺めて、目を細めた。
「また、必ずはわいに連れていけ。」
 本当、色気のないお願いの仕方だ。
「‥気が向けば、な。」
 でも、この景色をまた見れるなら、と思う。
今を共有するこの今は、次の今ではどうなっているのだろうか。
一つだけ分かるのは、その時もコイツが隣にいるということだけだ。――十分だ。
 体を起こして立ち上がった。気が付くと、
背中に添う痛みと悲しみは潮風にのせられて、さらりとすり抜けていた。
 情けねぇ、これだと俺はてめぇの言いなりじゃねぇか。
溜め息混じりの笑みを浮かべ、橙色の頭を掻きながら振り向いた。
「そんじゃ…そろそろ帰るか。」
「もう帰るのか?私はまだもう少し…」
 不満そうに俺を見るコイツの頭を、グシグシと撫でてやった。
「次もまた来んだろ、その時でいいじゃねぇか。」
「よくないぞ!」
 乱された髪を直すルキアは、最初はそう言ったが、少し間をおいて訂正した。
 俺も鈍いけどコイツも鈍いな。月明かりに照らされる横顔を見て思った。
「……いや、やはり次まで我慢しておこう。」
 次―、明日になれば家に帰っていつもが始まる。同じようで、少し変わったいつもが。
嬉しさと期待に先を急かされるが、今も、俺にとって代えようのないものだ。
こんなにもの間、互いに隣にいる時間はとても久しくなってしまうだろう。
 すると、名残惜しさに負けた俺はいつの間にか座るルキアの前に手を差し伸べていた。
 突然目の前に現れた掌に、少し驚きながらくすくすと笑うのを堪えて俺を見た。
「なんだ貴様、もしかして私と手をつなぎたいのか?」
「‥ちげぇ!早く立てってことだよ!!」
 厭らしく面白そうにするコイツは、気恥ずかしそうにする俺の姿に更に笑った。
「ほら!素直にならんか。そうすればつないでやっても構わんぞ。」
 完全にコイツに遊ばれてしまい、どうしようもない惨めさと恥ずかしさに宙に置かれた手を引っ込めてポケットに突っ込んだ。
「ったく…帰るぞ!!」
 照れを隠すように乱暴に言葉を吐いて、逃げるようにビーチを背にして歩き始める。
これからも変わらないコイツとは思ったけど、
もう少し小憎たらしいとこは直せ、と負け惜しみを内で溢した。
「まだまだ素直でないな…」
 俺の背を目で追うルキアはゆっくりと立ち上がり、小走りをして俺の隣に着くと、並んで歩いた。


 砂を踏みしめるゆっくりとした二つの足音に押されて、少しずつ漣の音が耳から遠のく。
その横ではポケットの中で、出ようか出まいか悩む掌。
そんな俺の姿が見えていないコイツ。
やはり俺等にはこの距離間がお似合いなのかな――と諦め始めた時だ。
 突然、ポケットに突っ込まれていた片手をルキアは引きずり出して、
そして俺の掌と、柔らかく小さな掌が重なった。
不意なことに驚き思わず振り向くと、俺のことを真っ直ぐに見つめて、
頬を桃色に染めながら微笑を溢すルキアがそこにいた。


「絶対に放すのではないぞ?」



(完)