朽木ルキア大ブレイクの予感パート9 :  434氏 投稿日:2005/03/31

※単体でも読めますが続編です。前編はこちら


朽木家の門の見える場所で、阿散井恋次は木に背中を持たせかけて待っていた。
ルキアはひとりで門をくぐり、恋次を見つけて、ゆっくりと歩いてくる。
白い百合やらその他、恋次の知らない花々を束にしたものを両手いっぱいに抱えて。
恋次は小さく息を漏らした。
「ったく、何処のお嬢様だよ……」
流魂街をはだしで掛けまわっていたルキアと、同じ人間とは到底思えない。
生まれながらの貴族のお嬢様の姿だった。
「待たせたな恋次、お許しをもらって庭の花を切ってきたのだ」
遅せえよ、と、文句を言おうと口を開きかけたのだが、花に埋もれて見あげてくる白い顔に口篭もり、
「行くぜ」
と一言だけ言って歩き出した。
並んで歩きながら、ルキアは弾んだ声で話し掛けてくる。
「そういえば、五番隊に入隊したのだったな。どんな感じだ」
「まだ、わかんねぇよ。藍染隊長がオレのこと気にいって引っ張ってくれたのはありがてえんだけど、
 なーんか周り頭良さそうな奴ばっかでよォ」
「そうなのか?」
「あん中でやってけるか不安になるぜ。まぁやるだけやってみるさ」
「その意気だ、恋次」
「いやオメーにいわれたくねー」
「どういう意味だ」
むっとした顔をしたルキアは、やっぱり子どもの頃から見慣れたルキアだった。
瀞霊廷の中を南門まで行き、許可証を門番に提示して、やっと外に出た。

「ああ、なつかしい空気だ」
ルキアは空を仰いで背伸びをする。
辛い事もあったのだが、楽しい思い出もそこここに転がっている、二人が生きてきた場所だった。
瀞霊廷の門をくぐり、真央霊術院に入学してから初めての里帰り。
待ってくれている家族はいないが、恋次は仲間三人の墓に死神になったことの報告をするつもりだった。
昔は遠かった道のりも今ではあっという間だが、尸魂界は広い。
「すこし急ごうぜ」
そう言ってルキアを急かした。
ルキアは記憶に残っているものがあると視線を止めて見つめている。
戌吊地区に入るとそれが頻繁になって、とうとう足を止めてしまった。
「恋次! 川だ!」
ぱっと顔をほころばせると恋次を振り返り、次の瞬間には駆け出している。
欄干もないような粗末な橋。その中央まで走っていくと川面を見渡し、うきうきしながら恋次を待っている。
「この川だ、ほらみんなで遊んだ」
「ん?あァ…もっと上流だったけどな」
「川べりに皆で小屋を作った。そこで寝泊りしてたこともあった」
「んなこと、そーいやァあったけか」
「まだ、あるだろうか、あの小屋」
「さァーなァァ」
「行ってみよう恋次」
「!? おいっ!」
草を分けてルキアは川べりの道とも言えない小道に入っていく。
莫迦やろう、お着物が汚れちまうぜ。花だってそんなに抱えてんだ、足を踏み外しちまう。
「しょーがねえなテメーは。持ってやるよ、貸せ」
ルキアの手から花を取り上げて片手で持った。
「あ、振り回すな。花が散ってしまう」
……ったく。

小走りになってどんどん奥に進んでいく後ろ姿に、幼い頃の小さな後ろ姿が重なる。
やがて木々の間に僅かばかり開けた場所に出た。
ルキアは嬉しそうに振り返る。
「あァ、憶えてるぜ、よくここで相撲をした」
「こんなに狭かったかな…」
きょろきょろ辺りを見まわしていたルキアは、さらに奥に進む道を見つけてがさごそと入っていく。
恋次は一人残って地面を見渡した。
『レンちゃん、しっかり』『ルキア行け!そこだ』
仲間たちの声が聞こえるような気がする。
ここに円く線を書き、半分遊び、半分真剣な格闘ごっこに明け暮れた。
格闘や相撲は生きるために必要な技術でもあったからだ。
最初の頃こそルキアは恋次と対等に戦っていた。
素早い身のかわしと多彩に繰り出してくる足技で、何度足元をすくわれて転ばされたか分からない。
が、やがて体格に差が付いてくると恋次は、ルキアが自分の敵ではない事に気がついた。
なんのことはない、組みに持ち込んで足を払い体重をのせて押し倒してしまえばいいのだ。
ルキアに反撃の手段は残されていない。
絶対的有利な体勢で押さえ込んで、仲間が十数える間、ルキアは状況をひっくり返そうと力を振り絞っていたが成功したことは一度もなかった。
問題は恋次がこの技をあまりルキアに使いたくないことだった。
そこまで思い出すと、苦笑いした。
あいつ最後までオレと互角に遣りあえてたと思ってたんだろうな。
手加減したあげく顔面に膝蹴りくらってぶっ倒れたこともあったっけ。
がさり、と音がしてルキアが草の中から顔を出した。
「何をにやにやしているのだ。気味が悪いぞ」
「うるせー、なんでもねーよ」
「それより恋次」
ルキアは目を輝かせた。
「小屋を見つけた」

背丈より伸びた雑草に埋もれて、小屋は半分くずれかけながらも、まだしっかり立っていた。
「すげぇ、倒れてねえなんて立派なもんじゃねーか」
盗んできた手斧で丸太を割り、屋根や床も張った。五人で力を合わせて作った小屋だ。
懐かしそうに中に入り、壁や床を触っていたルキアがしみじみとした声を出す。
「ここでみんなで寝てたんだよな」
「ああ」
「あったかくて、安心できて、寝心地が良かった」
「ああ」
「それなのにおまえ達は、外のほうが気持ちいいとか言って小屋の前で寝たりして」
「…身体がでかくなると狭くなったんだよ」
「そうか? そんなに狭くはなかったと思うが」
狭かったんだよっ!ボケッ!
だいたいテメエは鈍すぎだ。なんで離れて寝るのだ?一緒に寝た方があったかいのに…とか言いやがって
木の上で寝て落っこちて、みぞおち強打で呻いてるオレに、ほら見たことか…とか言いやがって
誰・の・せ・い・だ・と・思ってんだよ!
恋次が胸の中で毒づいていると、ルキアはフッと微笑んだ。
「ここが、家だったな」
横顔がすこし寂しそうに見えた。
「………まあな…」

ルキアはそのまま小屋を出て、すぐそばを流れている川のほうへ歩いていく。
川面に光が反射してルキアの後ろ姿を縁取っている。
「ザリガニはまだいるかな」
「いるんじゃねーか、焼いて喰ったらけっこう旨かった」
「私はザリガニ捕りの名人だったぞ」
「そういや……」
「ん?」
「いや、なんでもねえ」

誰だったかなァ、ルキアと張り合った奴がいたな。
恋次は小屋の中にいて、戸口がうまく閉まるように調整をしていた。
この小屋を建てたばかりの時だから、まだみんなほんのガキで……
『ちきしょう!また逃げられた』『へただなぁ、こうやるのだ。見ていろ』
川のほうでわいわい騒ぐ声が聞こえてくる。
『ルキアちゃんスゲー』と感嘆の声が上がったかと思うと、いきなりの悲鳴。
なんだ?と顔をあげると、ルキアがうわぁぁぁと叫びながら小屋に飛び込んできた。
「恋次! 背中! 背中、とってくれ!早く」
ルキアはジタバタしながら恋次に背中を向ける。
「なんだよ」
「ザリガニ! 背中に入れられたのだ! とってくれ、ぅうわぁ」
ためらったのだが、早く早くと泣きそうな声を出すので、後ろ襟のところから手を入れた。
確かにでかいのがいる。つかみ出そうとすると反対に指を挟まれた。
「イッテェー」
挟まれた指ごと引き抜いて、強く手を振ると、ザリガニは地面に落ちてぐちゃっとつぶれた。
「取ったぜ」
「うう…、恋次、まだなんかいる」
背中を向けたままルキアは襟をゆるめ、バッと思い切り良く上半身裸になった。
小さくて真っ白な背中がいきなり目の前に現れて、恋次の頭の中も真っ白になった。
「いるだろう、なんか小さいの」
腰のあたりで皺になってる着物の中に指先ほどの小さなザリガニがしがみ付いてる。
慎重に摘み上げて、肩越しにルキアの顔の横に突き出した。
「これ」
「もう、いないか?」
「いねー」
「ほんとか?」
「いねェって」
「よし!」
ルキアは勢い良く着物をはおり直すと、ザリガニを入れた奴に仕返しをするために跳び出して行った。
残像みたいに残ってるのは、ルキアの白い背中。微かな肌のぬくもり。
後になっても、思いもかけない時に脳裏に浮かんだり、夢に現れたりして恋次を戸惑わせた。
目の前にあるルキアの小さな背は、やはり今でも白いのだろうか。すべすべしていて柔らかなのだろうか。

そのとき、川面をじっと黙って眺めていたルキアが口を開いた。
「なぁ恋次…、男って、女を好きになると抱きたいものなのか」
あまりに唐突な質問。
つぎの瞬間ルキアは地面に突っ伏していた。恋次が蹴り倒したからだ。
「なっ、なにをする! 恋次」
「うるせーっ!!!」
「乱暴だぞ!」
「うるせー!うるせー!うるせー!」
「気に障ることでも言ったかっ!?」
「こんな処で油売ってるヒマはねえんだ!とっとと行くぜオラ!」
ぶつぶつ言いながら起き上がるのを待たずに、恋次はさっさともと来た道を引き返しはじめた。
目的の場所はここからそう遠くないが、見晴らしのいい崖の上にある。
しばらくは山道だ。
ルキアの足が速いのを知っているから、遠慮無しに恋次は先に行く。
追いつけない筈がないのだが、振り向くと遠く離れたところでまた道草を食っている。
今度は道端に咲いている野の花を摘んでいるようだ。
「ゴラァ、テメー、ちんたら歩いてやがると置いてくぞー」
返事なし。
「無視かよ、上等じゃねーか」
ちっ、と舌打ちをして仕方なくペースを落とし、時々ルキアを待ちながら山道を登った。
頂上についたのは同時だった。ルキアの手の中には小さな花冠が3つ出来あがっていた。
風が吹き抜けていく崖の上に墓は変わらずあり、少し傾いだ木の墓標を恋次が直すと、ルキアは花冠をその上に掛けていった。
「死神になったぜ」
恋次は三人の墓に向かって言う。
ルキアは恋次の手から大きな花束を受け取ると腕の中で解き、
あらかじめ小束にしてあった美しい花々をひとつひとつ墓標の根元に供えていく。
それから恋次と並んで立ち、少しの間ただ無言で墓を見つめていた。

「死んだらみんな…何処へ行くのかな…」
「学院で習ったろうが」
言ってから気がついた。そうかルキアは…
「結局分からねーんだよ。勝手に現世に生まれ変わる奴もいれば、そのまま消えてしまう奴もいる」
「消えてしまう魂魄は何処へ行く」
「混沌。新しく魂の生まれてくる場所だとか言ってたな。けど良くわかってねえらしいぜ」
ルキアはそれからしばらく風に吹かれたまま佇んでいた。
崖の突端まで行くと、さっきの川が見渡せる。
眺めているとルキアが近づいて来た。
「生まれ変わった魂に、もう一度逢うことは出来るのだろうか」
「そうだなァ、ここの連中も現世の事をはっきり憶えている奴もいれば、ほとんど憶えてねえ奴もいる」
「………」
「こっからまた現世に生まれ変わる時は、記憶は無くなるはずなのに、憶えている奴もたまにはいる」
「…ああ」
「要は気合なんじゃねえの? 逢いてえ逢いてえと思ってりゃ逢えるさ。たとえ記憶は無くなっていてもよ」
「貴様の話だと、ずいぶん簡単そうだな」
ルキアは少し顔をほころばせた。
「チッ、たまに真面目に答えてみりゃアそれかよ」
勝手にしやがれ…と言って戻りかけた恋次の目に、ルキアの持っている花が見えた。
小分けにされた花の束は4つあったことに気づく。
最後の一束は誰のためなのだろう。
ルキアは遠くに視線を向けたまま、小さな声で言った。
「恋次…、もう一箇所、行きたいところがある……」

ずっとながく草原が続いてる。
人里から離れたその場所を、草を踏みながらルキアは進み、そのすぐ後ろを恋次はついて行った。
陽射しは傾き、すこし陰って、草がさらさらと音を立てている。
ルキアの歩みはしだいに遅くなり、恋次が行き先に人家らしきものを認めるのと同時に止まってしまった。
「どうした」
「………」
「行こうぜ」
「私は…墓の場所を知らないのだ……」
「だから、訊きに来たんだろ? あそこ、おめェんとこの副隊長のウチだろ」
ルキアは深く頷いた。
恋次は十三番隊で起こった事件を詳しくは知らなかった。
一部隊を全滅させた虚を副隊長の志波海燕が一人で退治したが自らも命を失った。
その現場にはルキアも居たらしい。そう噂で聞いていただけだ。
「済まぬ…恋次…」
「オレが訊いてきてやるか?」
首を横に振るとルキアは、方向転換して後ろを向き、もと来た道を帰りはじめた。
小さくため息を吐き、恋次も後に続く。
うつむいて歩きながらルキアが何か言う。恋次は横に並んでルキアの横顔を見た。
「……小さな弟がいた……」
「ふう…ん」
「泣きながら、私を睨んでいたよ…」
「………」
ルキアの手が震えているのに気がついた。
指先が白くなるほど強く、花を握りしめて。
考えるより先に動いていた。つと手を伸ばすとルキアの手から花を取り上げた。
「もらっといてやるぜ」
「あ……」
花を失ったルキアの手を自分の手で握りしめる。
そのまま早足でルキアを引っ張るようにして歩いた。
ルキアは黙ってついてきた。

昔、たった一度だけ、こんな風にルキアの手を握ったことがある。
ルキアが仲間になってすぐの頃だ。
食べるものが得られず恋次はひどく腹を空かせていた。ルキアもまた同じだった。
盗むしかないと覚悟して一人で夜、忍び出ようとしたら、ルキアもついてきて一緒に行くといって聞かない。
首尾よく食料を手に入れたはいいが、目を血走らせた2・3人の大人に追われた。
家と家の隙間にルキアと二人で隠れ、息をひそめる。
身を縮めて寄り添って男たちの怒号が通り過ぎるのを待った。
『いったね』
ささやき声に横を見るとルキアの大きな瞳がすぐそばにあり、面白がるようにきらきら煌めいている。
『いまの内に逃げるぞ』
自然に両方から手を繋ぎ、その手をずっと離さないまま夜の中を駆けた。
苦しくなるほど走りつづけ、大きくはぁはぁと息をつきながら、ルキアは笑い出す。
恋次がぎゅっと手に力を込めると、負けないほど強く握り返してくる。
その手をいつ離したのか恋次には覚えが無い。
飽きるほどいつまでも握りつづけていたことだけを憶えている。

あの時と同じようにルキアの手を握る。
あの時と違って恋次の手は大きくなり、ルキアの手を丸ごと包み込む。
小さな冷えた手に温もりが伝わるように。

いつのまにか瀞霊廷の門までやってきていた。
中に入るときに手を離し、それからは前後になって歩いた。
行く時とは逆に恋次が前でルキアが後ろ。うつむいてのろのろ歩くので、恋次は何度も振り返った。
――――あの家に帰るのが嫌なのか……
吉良から聞かされたツマラナイ話が頭の中に蘇る。

『ルキア嬢と親しくすると、君の出世に障るかもしれないよ阿散井くん』
『あァ? なんでだよ』
『朽木家ご当主のお気に召さないってこと』
『オレが流魂街出だからか? けどそりゃルキアもいっしょだろう』
『違うんだ。つまりその……あの家は特殊なんだよ』
吉良は声をひそめた。
『朽木家は婚姻をしない家なんだ』
『へぇ、じゃあどうやって代々続いてるんだ』
『だからルキア嬢のように養子を取るんだよ』
『ふん、それぞれお家の事情って奴があるんだろうさ。血の繋がらない子どもに家督を譲りたいなら、それはそれで文句を言う筋合いじゃねえ』
『ホントに血が繋がっていないならね』
恋次はすこし業を煮やして吉良の襟を掴んだ。
『おい吉良、テメーさっきから奥歯に物の挟まったような言い方しやがって、何が言いてえ』
『ら乱暴はよせよ。僕は君のことを心配しているんだ。つまり朽木家の養子はね、当主の配偶者候補か、実の子どもかのどっちかなんだ』
『………』
『養子を取って、朽木家に相応しい理想の花嫁を育てているんだよ』
『……その話が本当だという証拠はあんのか』
『証拠? いやそんなものは無いが、昔からみんな知って……』
『確たる証拠もなしに適当なこと言ってんじゃねーよ。なんでそんな面倒くせーことする必要がある?』
『阿散井くん、く、苦しい…』
恋次は掴んでいた吉良の襟首を突き放した。
『ぜんぶ憶測じゃネーか!くだらねえ』

話を信じてはいなかったが、胸のなかに澱のように溜まっていたのだ。
うっかり思い出してしまったことに自分で腹を立てた。
だがルキアにとって朽木家があまり居心地の良い場所でないことは感じとれる。
朽木家のこと。
志波海燕のこと。
つまらない噂話のこと。
何かをルキアに言ってやりたいと思うのだが、言葉にならず
何を言っていいのかも分からず。頭の中はぐるぐると巡っていた。

そうしているうちに朽木家の門が見えてきた。
「恋次、もうここで…」
「ルキア、あのよ。さっき聞いてきただろ…オレに……」
ルキアは不思議そうな顔をして恋次を見あげる。
「ほら、男って女に惚れると抱きたくなるのか?とか何とかよ」
「ああ………」
「そうでもないぜ」
「……?」
「大切に思っていると手が出せないつーか……いやむしろ何にもしたくねえっつーか」
「…………」
「まァそんな風に思うこともあるってこと。そんだけだよ! じゃな」

なにいってんだオレは、なにいってんだオレは、なにいってんだオレなにいってんだオレは
自分の言ったことに自分でダメージを受けつつ、帰ろうと恋次は背中を向けたが
「恋次」
とルキアに呼ばれて立ち止まった。
「ありがとう」
そうしてルキアは朽木家の門の中に見えなくなった。

「……めったに礼なんざ言わねーくせに、……言うところがビミョーなんだよテメーは」

恋次は手のなかに残った花を見た。
いい匂いがする。
柄じゃねえが飾るか。

そんな事を考えながらゆっくりと歩きはじめた。


(完)