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明日は土曜日で学校も休み。
妹達と父親は、小学校主催のキャンプで出払っている。
尸魂界からの指令は無く、家には二人きり。
諍いが生じるのは得てしてこういう時だ。
些細な事から言い争いになって、互いに気まずい雰囲気のまま夜を迎えた。
謝罪の言葉は二人共に喉まで出かかっていた癖に、顔を合わせればそっぽを向いた。
『さすがに今夜は来ねえな…』
ベッドにひっくり返って天井を見上げ、一護は自分の気持ちを持て余す。
内心では自分に蹴りを入れたかった。
餓鬼みたいに意地なんか張らずに、さっさと謝っちまえば良かった。
喧嘩の原因なんて、もう思い出せないくらいに些細でつまらない事だったのに。
無意識に差し伸べた左腕に、いつも感じている重みは無い。
一人用の筈のベッドが、やけに広く思えて仕方ない。
が、わざわざ謝りに出向くのも何となく癪だ。
『あーあ、どうすりゃいいんだよ…』
見るとは無しに天井を眺め、一護はぼんやりと物思いに耽る。

ルキアが部屋を訪れるのは、決まって家族が皆寝静まった深夜。
ドアを小さく開け、『一護?』と遠慮がちに声をかける。
相変わらずだなと苦笑しながら、一護は『ああ』と短く返す。
しかし一護の返事を聞いても、ルキアはすぐにベッドに上がろうとはしない。
いつもベッドの前で足を止め、『良いか?』と言わんばかりの眼差しを一護に向ける。
落ち着かない素振りで、そわそわしているのが手に取るように分かる。
一護が頷くと待ち侘びた様子でベッドに潜り込み、一護の腕の中で眠りに落ちる。
夜毎繰り返される光景だった。
…しかし。
いつもなら、既にルキアが部屋を訪れている筈の時刻。
未だドアは閉ざされたままで、ルキアがいるであろう隣の部屋からも物音一つしない。
諦めきれずに幾度もドアに視線を走らせる自分が苛立たしく、一護は苦々しげな息を吐く。

時間だけが空しく過ぎ、とにかく寝てしまおうと眼を閉じた時。
耳が微かな物音を捉え、鼓動が跳ね上がる。
ドアがそっと押し開かれ、誰かが部屋の中に滑り込む気配。
気配の主がルキアだということは疑いようが無かったが、喧嘩の名残で声をかけそびれた。
仕方なく一護は眼を瞑ったまま浅い呼吸を繰り返し、ルキアの様子を窺う。
『まさか、出て行ったりしねえよな…』
出て行くまでは無くとも、押入れに直行ということは充分予想出来る。
かと言って今更眼が覚めた風を装うのも、出来過ぎたタイミングで反って疑われそうだ。
何より、どう声をかけていいものか見当もつかない。
悶々と考え身動きがとれずにいる内に、不意に部屋の空気が動く。
そして、
「一護…」
か細い声がして、小さな両手を肩に感じた。
「一護、起きてくれ…一護」
控えめにしかし繰り返し揺さぶられ、我慢など到底出来る筈が無かった。
はやる気持ちを押し隠し、一護はわざとゆっくり眼を開ける。
覗き込むルキアの瞳はいつも通り綺麗で、そしていかにも心細げだった。
昼間は尖らせていた口をへの字にして、一護が眼を開けたと見るや慌てて視線を落とす。
ほんの数時間前には手を腰に当ててそっくり返り、一護に向けて威勢良く啖呵を切っていたのが嘘の様だ。
「…ルキア」
腹いせにからかってやろうとか、一言文句を言ってやろうとか。
そんな考えは瞬時に掻き消えて、狂おしいほどの愛しさばかりが募る。
身体をルキアの方に向けて毛布を持ち上げてやると、いそいそと潜り込んで一護の左腕に頭をのせる。
まるで其処が自分の居場所だと分かっているかの様に。
さすがに今夜ばかりは些かきまりが悪いのだろうが、至極嬉しそうな様子は少しも隠しきれていない。
「遅かったじゃねーか」
「…うむ」
謝罪の言葉など必要なかった。
ただ抱き寄せ、抱き寄せられ、互いの存在に安堵していた。

伸ばした左腕にルキアの確かな重みを楽しみながら、一護は腕に落ちかかる黒髪を指先で弄ぶ。
するすると指通りの良い滑らかさが気持ち良く、指に巻きつけたり軽く引っ張ったり。
飽かずその行為を繰り返すうちに、ふと気づくとルキアが可笑しそうに見上げていた。
「なっ、何だよ」
「いや…ただ、随分と気に入って居る様だと思ってな」
「…うるせー」
頬が紅くなるのが自分でも分かり、それを隠そうと一護は手荒くルキアの頭を抱き寄せる。
憮然とした表情を取り繕うのはとっくに諦めた。
想いを募らせる相手を腕に抱いているのに、不機嫌な振りをし通せる訳が無い。
胸に顔を埋めてくすくすと笑うルキアの、その仕草に自ずと目許が和む。
思えばここ数日、ルキアは随分と寛いだ様子を見せるようになった。
最初のうちは、一護の腕が触れる度にぎこちなく身体を強張らせていたのに。
「…一護」
「あぁ?」
不意に真剣な声で名前を呼ばれ、一護が我に返る。
ルキアは一護の腕を押し退ける様にして顔を擡げ、
「その…怒っては居らぬのか?」
訝しげな、そして不安げな眼差しで熱心に見つめる。
ルキアの言葉が昼間の一悶着のことを指しているのは明らかだ。
このまま無かったことと素知らぬ振りをすれば良いものを、そう出来ないのがいかにもルキアらしい。
苦笑を噛み殺しつつ、一護は見上げるルキアの頭に手を触れた。
「もう忘れちまったよ」
くしゃりと髪を撫でてやると、
「そうか。私もだ」
恥ずかしそうな微笑を一瞬だけ見せて、ルキアは再び一護の腕に身体を預けた。

それが、ほんの半時間ほど前。
ルキアは既に一護の隣で寝息を立てていた。
今宵は満月で、カーテンの隙間から青味を帯びた柔らかな光が射し込んでいる。
眠れないまま、一護は月明かりに照らされたルキアの寝顔を見つめていた。
長い睫毛、白く透き通る頬、淡い桜色の唇。
一護を魅了して止まない紫紺の瞳は、今は閉ざされていた。
無防備な寝顔は、ルキアを普段より幾分幼く見せる。
風呂上りの黒髪は未だ少し湿っていて、息を吸い込むと甘い香りがした。
見慣れている筈の顔なのに、高鳴る鼓動を抑え切れない。
日増しに強まる欲望は、手綱を持たない暴れ馬の様なものだ。
一瞬でも気を抜くと振り落とされてしまう。
だが歳若い一護にとっては、毎晩己を律し続けるのも最早限界だった。

そろそろと腕を持ち上げ、可憐な唇に軽く指を触れる。
ルキアの唇は僅かに開いていて、安らかな寝息が漏れていた。
その唇を優しくなぞり、あまりに柔らかな感触に一護は慄く。
頭の中では煩いくらいに警鐘が鳴り響いている。
このままではいけない。
ルキアが求めているのは安らぎであって、このような行為では決して無い。
そう理解してはいても、どうしても離れることが出来ずにいる。
一護の指が唇から頬へと滑り落ちた時、
「ん…」
くすぐったいのか、ルキアが身を捩る。
一護は思わず指を引っ込めて様子を窺ったが、ルキアが眼を覚ました気配は無い。
深い息をひとつ吐いて一護の肩に顔をすり寄せ、未だ夢現の世界をさ迷っている。
普段は気の強いルキアだから、こんな風に甘える仕草を誰にも見せたことは無い。
眦を下げた一護の視線が、ふと一点に集中したのはその時だった。


パジャマの襟から覗く、折れそうなほどに細い肩。
その目を射抜く純白の肌を穢す、淡い紅色の痕。
『傷痕…?』
確かめようと目を凝らしながら、一護は指先でそっと痕を辿った。
いびつな円を描く痕は思っていたよりも深く、まだ完全には治りきっていない。
『ルキアの奴、いつ怪我を…』
怪訝そうに眇められた一護の瞳。
だが一瞬の後、その瞳は驚愕の光を宿して大きく見開かれた。


奔流の如く脳裏に流れ込む忌まわしい光景、おぞましい記憶。
一護は力なく壁に身体を凭せ掛け、ただ呆然としていた。
内なる虚に乗っ取られていたことなど、何の言い訳にもならない。
嫌がるルキアを押さえつけて、酷い言葉を浴びせ、散々いたぶり、欲望のままに犯した。
ルキアを傷つけたのは…俺だ。
身体も心も傷つけて、悪夢に魘されるまでに追い詰めてしまった。
全部、俺の所為だ…。
頭から冷水を浴びせかけられた様に、全身ががくがくと震えだす。
抱えた両膝の間に頭を埋め、一護は固く眼を瞑った。
だが眼を瞑るほどに、精神の奥底に封じられていた記憶は鮮やかさを増す。
止めてくれと懇願する怯えきった表情。
抵抗する術を奪われ、小さく震えていた身体。
苦痛を堪えきれずに零れた悲鳴。
全てが生々しく甦り、一護を激しく責苛む。
こんな自分が、ルキアに触れて良い筈が無い。
ルキアを慰める資格などある筈が無い。
汗とも涙ともつかないものが頬を伝い、悲痛な呻きが喉の奥で膨れ上がる。
俺は…どうすれば良い?
どうやってルキアに償えば良いんだ?
どう償ったところで、赦して貰える筈も無いのに。

「一護…?」
その時、腕に置かれた小さな手の感触。
「どうしたのだ?眠れぬのか?」
「…いや」
一護は首を横に振り、ルキアの声を遮るかの様にいっそう深く顔を埋める。
「頼む…手を除けてくれ、ルキア」
名前を呼ぶ声が震え、一護は強く唇を噛んだ。
「しかし…」
「触るなって言ってんだろ!!」
言い放った後で、酷い自己嫌悪に襲われる。
ルキアの掌が離れていくのを感じながら、淋しさと同時に安堵感も確かに在った。
いっそこのまま嫌われてしまえばいい。
恐怖心を抱くのならば、憎い相手の方がルキアも救われるだろう。
そう己に言い聞かせ、一護が心を閉ざそうとした刹那。
ふわりと空気が動き、身体が柔らかく包み込まれた。


「…悪い夢でも見たのだろう?」
耳元で囁かれる優しい声。
背中を緩やかに上下する小さな掌。
ルキアは全身で一護を抱きしめていた。
「貴様は何でも自分独りで抱え込もうとするからな…」
一護は眼を閉じ、ルキアの為すがままに任せる。
柔らかくて温かくて、心地良かった。
二度と離れることも、放すことも考えられなかった。
「だがな、一護…時には誰かに縋っても良いのではないか?」
穏やかな声が耳をくすぐる度、身体の緊張が解けていく。
いつの間にか、一護は自らも両腕をルキアの背に回していた。
まるで助けを求めるかのように。

※  ※  ※  
ルキアのことが好きだった。
未だ出逢って間もない自分と家族を護るために、己の全てを投げ打った死神。
その行為が重罪に問われることと知りながら。
現世では仮の姿に身をやつし、常に自分を教え導いてくれた。
何処で得たのか現世に関する妙な知識を振りかざし、閉口させられることもしばしば。
互いに我が強い所為で、言い争いになることも珍しくなかった。
…いつも二人一緒だった。
それが当たり前だと思っていた。

降りしきる雨の中、別れは唐突に訪れた。
ルキアは最後まで自分を護り、尸魂界へと連れ去られた。

ルキアを取り戻すための、護るための強さが欲しかった。
護れなかった自分に対する苦悩も怒りも押し隠し、ただひたすら刀を振るった。
朽木白哉と対峙した時、抑え続けてきた感情が迸り、自分でも止められなかった。
そして…内なる虚が姿を見せた。

※  ※  ※  

「ルキア、俺…」
項垂れたまま、一護は掠れた声を振り絞る。
「謝ったくらいで赦して貰えるなんて思わない。最低だな、俺は…」
「…」
背中を撫でていたルキアの手が止まった。
思いもよらぬ告白に動揺する気配が伝わってくる。
『ごめん』と低く呟いて、一護は血を吐く思いで言葉を紡ぐ。
「怖い思いをさせて、傷つけて…魘されてたのも、全部俺の所為だったんだな」
軽蔑されても嫌われても、全ての非難を甘んじて受けるつもりだった。
もうこれ以上、傷つくルキアを見るのは耐えられなかった。
「…相変わらずの莫迦者だな、貴様は」
しかしルキアの言葉は僅かながら笑いを含んでいて、一護は思わず顔を上げた。
澄んだ紫紺の瞳に映る己の顔が歪んで見える。
泣き出しそうなのは自分かルキアか、それすらももう分からない。
「気に病むな、一護。私なら平気だ」
「平気って、おまえ…」
「貴様のことを恐れているのなら、このように添い寝を頼む訳が無かろう」
微笑して見つめるルキアの頬が、微かに紅い。
そして、魅入られた様に見つめ返す一護の頬も。
「貴様に添い寝をして貰うようになってからは、私は一度も悪夢など見ては居らぬ」
ルキアは囁き、一護の首に両腕を回した。
「安心するのだ…貴様が傍に居てくれると思うと」
束の間躊躇って僅かに首を傾け、一護の唇に優しく己のそれを押し当てる。
初々しい、ほんの一瞬だけの口づけだった。

すぐには何が起きたのか分からなかった。
ルキアが不意に顔を寄せたかと思うと、唇に何かが触れる感触が在った。
だがそれは一瞬の出来事。
一護は眼を見開き、呆然とルキアを見つめる。
ルキアは耳まで真っ赤にしながら、それでも視線を逸らそうとはしない。
薄茶色と紫紺色の視線がぶつかり、そして絡み合う。
二人微動だにせずにいた時間は、ごく短かった。
先に動いたのは一護だった。
掌をルキアの背から後頭部に滑らせ、瞳の中を覗き込む。
問いかけるように、或いは赦しを請うかのように。
「ルキア…」
名前を呼ぶと、ルキアは小さく頷いて眼を伏せた。
綺麗な曲線を描く頬に、長い睫毛が淡い影を添える。
一護はそっと顔を近づけ、桜色の艶やかな唇に自分の唇を重ねる。
初めは躊躇いがちに、そして徐々に深く、強く。
柔らかな唇を甘く噛み、舌先でなぞり、きつく吸う。
歯列を割って舌を挿し込むと、ルキアがおずおずと舌を絡める。
その拙い反応が堪らなく愛しく、同時に頭の芯が疼くほどの欲望に襲われる。
信じられないくらいに柔らかい、甘い感触。
もっと繋がっていたかったが、両肩に置かれたルキアの腕がそれを阻んだ。
一護の身体を押し止めようとするかの如く、細い腕に力が込められる。
気づいた一護は慌てて唇を離し、ルキアの顔を覗き込んだ。
「悪い…」
怖かったのかと問おうとすると、息を弾ませたルキアが抗議の声をあげた。
「く、苦しいではないか、貴様…」
頬を紅く染め、涙目になりながら訴えられても迫力に欠ける。
だが口調はいつものルキアそのままで、その所為か少し気分が解れた。

一護は微笑し、胡坐を掻いた脚の上にルキアを抱き上げる。
華奢な身体はやはり軽く、重さを殆ど感じない。
頬に軽く唇を触れると、ルキアがくすぐったそうに身動ぎをした。
「…本当に怖くないか、ルキア?」
幾度かその行為を繰り返す合間に、一護は言葉を連ねる。
「もし我慢してるんなら、正直にそう言えよ」
無理強いするつもりは無かった。
ルキアが少しでも嫌がる素振を見せたら、すぐさま手を退こうと決めていた。
しかし、
「くどいぞ。何度も言わせるな」
ルキアは片眉をつり上げて一護を見遣る。
「私は決して、貴様のことを怖いなどと思ったりはせぬ」
真剣な、少し怒った様な表情は一護にとって最早馴染のものだ。
ただ、大きな瞳が潤んで見えるのがいつもと違っていた。
「貴様は、もう何度も私を救ってくれたではないか」
違う、違う、違う。
おまえが俺を救ってくれたんだ。
生命の危険に曝された時も、絶望に呑み込まれそうになった時も。
この死神の存在にどれほど救われたか、数え上げればきりが無い。
一護は腕に力を込め、強くルキアを抱きしめた。
「ルキア…」
黒髪に顔を埋めて、その耳元で囁く。
たった一言。
「…好きだ」

細い身体がピクリと震えた。
一護は黒髪に手を差し入れ、優しく梳きながら待っていた。
胸の内は不思議と穏やかだった。
例え拒まれたとしても、それを受け容れる覚悟は出来ていた。
暫しの静寂の後、恐々と己の背に回されたルキアの手。
「…一護」
名前を呼ぶ声はあまりに甘い。
両の腕でぎゅっとしがみつく仕草が堪らない。
「好きだ、一護」
吐息と共に囁かれた言葉に、胸が震える。
望んでいた言葉、焦がれていた瞬間。
この瞬間を失うのが怖く思えて、一護は微動だに出来ない。
「ルキア…」
掠れた声で名前を呼ぶのが精一杯だ。
鼓動は既に煩いくらいで、ルキアに聞こえる筈も無いのに気が気ではない。
そして、戦慄く一護の吐息に被さるルキアの言葉。
消え入りそうな声ながらも、はっきりと一護の耳に届いた。
「抱いてくれ、一護」

一護は上体を離し、真っ直ぐにルキアを見つめた。
見上げる紫紺の瞳に、吸い込まれそうな錯覚を覚える。
聞き返すことはしなかった。
手を擡げてルキアの頬に触れると、目を細めて頬をすり寄せてくる。
甘える仔猫の様な仕草は、普段の凛々しいルキアの姿からは想像もつかない。
「ルキア」
熱に浮かされた様にその名を呼んで、一護の指はパジャマの襟元へと滑り落ちる。
震える指でボタンを外すのは容易ではない。
引き毟りたくなる衝動を辛うじて抑え、一つずつ丁寧に穴を潜らせる。
パジャマの隙間から徐々に露になる、ルキアの肌。
『雪の様な』と表現するに相応しい純白の肌に、眼を奪われた。
早く触れたい。唇を押し当てたい。
ルキアがどんな反応をするのか、この眼で確かめたい。
全てのボタンを外し終え、一護は詰めていた息を吐く。
急く気持ちを堪えきれず、パジャマに手を掛けた時。
「い、一護…」
上ずる声に動きが止まった。


一護がボタンと格闘している間、ルキアは膝の上でおとなしくしていた。
抗う素振など微塵も見せず、無言で俯いたまま。
恐怖心が少しも無いと言えば嘘になる。
忌まわしい記憶は、ずっと胸の片隅に澱んでいた。
だが、一護はあ奴とは違う。
刀を握れば空恐ろしいほどの動きを見せる手で、今も小さなボタンを相手に苦労している。
その気になれば、いくらでも力で捻じ伏せられるだろうに。
怖がらせまいとするその気遣いが、ただ無性に嬉しかった。
…しかし、心は哀しいくらいに正直だ。
夜気に肌が曝される感触に、あの時の記憶が重なってしまう。
一護の手がパジャマに掛かり、そして。
ルキアは小さな声で一護の名を呼んだ。

小刻みに震える華奢な身体。
一護のシャツの裾をきゅっと握りしめる、小さな拳。
見下ろす一護の胸はきりきりと痛む。
肌蹴たパジャマはそのままに、震えるルキアを抱きしめる。
「…無理してんじゃねえよ」
一護の声に、ルキアは首を横に振る。
「無理など、しては居らぬ」
「てめ…」
「お願いだ。続けてくれ、一護」
普段は毅然とした強い死神の、涙混じりに乞う声。
一護の理性がいかに強固なものとはいえ、やはり限界はある。
拒むことなど出来る筈も無い。
一護はパジャマの襟を掴み、そろそろと押し下げた。
無防備に曝される二つの小さな膨らみに、視線は吸い寄せられる。
そして、其処此処に刻まれた紅い傷痕にも。
ルキアの身体を穢した、己の欲望の証。
揺るがぬ痕跡を眼前に突きつけられ、鼻の奥がつんと痛くなる。
一瞬心が揺らいだが、身体の熱が引く気配は無かった。
「…脱がすぞ、ルキア」
声をかけ、ルキアが頷くのを待って細い腕からパジャマを抜き取る。
ルキアが隠そうとするのは分かっていたから、敢えて両腕は掴んだままにしておいた。
「一護…?」
腕を封じられ、身体を隠す術も無く、ルキアが戸惑いの声をあげる。
見開かれた大きな瞳が、何よりも不安を物語っていた。
「そんな顔すんなって」
勇気付けるように笑いかけ、一護はルキアの頬に顔を寄せた。
音を立てて頬に、唇にごく軽い口づけを施す。
「怖いことなんてしねえから、な」
ルキアはこくりと頷いた。
強張っていた身体から徐々に力が抜けていく。
それを見澄まし、一護はそっとルキアを押し倒した。
優しい手つきで、包み込む様に。

ルキアは逆らわなかった。
不安げな面持ちは隠せないでいるものの、素直に一護に身体を委ねる。
寄せられる無条件の信頼に、一護の胸は疼く。
ルキアの顔を両手で挟んで、丁寧に口づけを繰り返す。
髪の毛に、額に、頬に、唇に。
「ルキア」
瞳を覗き込んで名前を呼ぶと、縋るような視線で見上げるのが堪らない。
大丈夫だからなと囁いて、一護はほっそりとした首筋に指を這わせる。
ルキアの肌は何処も滑らかで、触れているだけで夢中になってしまう。
指だけでは飽き足らず、唇で、舌でその感触を味わう。
舌先で優しく首筋をなぞれば、ルキアが微かに身体を捩る。
窺った横顔は仄かに上気していて、唇から漏れる吐息が心なしか荒い。
その反応に意を得て、一護は幾度も舌先を上下させる。
白い肌に濡れた軌跡を描きながら、時折強く吸って紅い痕を残す。
暫しその行為に没頭し、一護はふと思い至って唇を離した。
両の掌をルキアの顔の脇に突いて、真上から覗き込む。
そして、予想通りの光景に思わず破願する。
『ったく、こいつは…』
ルキアはきつく唇を噛み締めていた。
道理で先程から一言も声を発しない訳だ。
「何我慢してんだよ…」
一護の声に物言いたげな瞳で応え、それでも頑として口を開こうとしない。
「声、抑えなくてもいいんだぜ?」
そう促しても尚、ルキアはふるふると首を横に振るだけだ。
懸命に羞恥に耐えるその様さえも扇情的に見えて、一護の欲望は否応無く煽られる。
「俺しか聞いてねえだろ?」
上体を傾けてルキアの耳元に口を寄せ、わざと触れずに吐息を吹きかける。
笑いを含んだ声に釣られた訳ではないのだろうが、
「だっ…だから恥ずかしいのではないか!!」
憤然とルキアが言い放ち、一護はその瞬間を待っていた。

黒髪に見え隠れする耳朶を唇で捕え、ごく軽く歯を立てる。
「あ…!!」
堪え切れなかったルキアは小さく叫び、しまったと口を噤んだが間に合う訳も無かった。
心持ち得意気に見下ろす一護の表情が癪に障り、生来の勝ち気な性格が顔を覗かせる。
「な、何が可笑しいのだ貴様!!」
しかし一護はルキアの抗議に構う素振も見せず、再び責めを開始する。
「わ…たしの、方が…貴様、よ、り…も」
息を喘がせ、ルキアは必死で言い募る。
霞む視界に映るのは、見慣れた天井と見慣れた橙色の髪。
「な…何、倍も…」
触れられた場所が熱い。
痺れる様な疼く様な感覚が全身を這い登り、とても耐えられそうにない。
「とっ、年上…ひっ、あ…」
「説得力ねーよ、ルキア」
一護はくすりと笑い、白い喉に吸いついてまた一つ痕を刻んだ。
「やっ、あ…っ!!」
己が与える刺激に声をあげ、身体を震わせるルキアが愛しい。
愛し過ぎて、何も考えられない。
今にも泣き出しそうな顔で見上げる、この死神のこと以外は。
ルキアの息が整うのを待ちきれず、一護は次の行動に移った。

滑らせた指を、ルキアの首筋から肩へと向かわせる。
傷痕に触れた瞬間、ルキアが小さく息を呑むのが分かった。
宥める様にそっと撫でてやり、痛がる様子が無いのを確かめて一護は密かに安堵する。
罪の意識は止むことなく己を責め続けている。
…友情や仲間としての信頼よりも、遥かに強い想いを募らせていた。
…その癖心地良い関係が壊れてしまいそうな気がして、何も言えなかった。
…ルキアを抱くことを想像しながら、上辺では何事も無いように取り繕った。
その所為で、ルキアをこんなにも傷つけてしまった。
声に出さずに幾度も謝りながら、一護は深い傷痕に唇を押し当てる。
ルキアがびくりと身体を強張らせるのを感じたが、この行為を止めるつもりは無い。
傷を癒すかの如く丁寧に舐め、その間に右手がルキアの左手を探り当てる。
はっとするほどに小さな手は、だがしっかりと一護の手を握り返す。
その力強さに、温かさに心が震えた。

ルキアと一緒に居ると、いつも自分が年嵩のような錯覚に陥る。
ルキアの方が自分より何倍も歳を重ねていると分かっているにも拘わらず。
小柄で華奢な身体の所為かもしれないし、現世に関する無知故の突拍子もない言動の所為かもしれない。
或いは時折見せる無防備で邪気の無い仕草や、頼りなげな表情の所為かもしれない。
しかし今、一護の余裕ぶった振る舞いも徐々に影を潜めつつあった。
相変わらずの狂った様な己の鼓動を疎ましく思いつつ、恐る恐る両手を下にずらす。
真っ白な二つの膨らみは、想像以上に滑らかで柔らかい。
小ぶりで未成熟なのは事実としても、形良く整っている。
両の掌でそっと押し包み、一護は喉を鳴らして唾を飲み込んだ。
震える指で緩やかに撫で回し、やわやわと揉みしだく。
「んん…っ」
ルキアが再び声を抑えようとしているのを、頭の片隅ではぼんやり意識していた。
「ルキア…」
何か言葉をかけなければと思いつつも、うわ言の様にその名を呼ぶことしか出来ない。
その一方で、一護の手の動きが止むことはない。
ゆっくりと掌で円を描き、恐々と力を込め、また緩める。
薄紅い痕が白い肌を次第に侵食し、それに伴ってぎこちない行為は確信を深めた。
桃色に色づいて立ち上がりかけた頂を掌で擦り、ごく軽い刺激を与える。
「ひぁっ…!!」
途端にルキアの唇から声が漏れ、身体が小さく跳ねた。
その反応に勢いを得て、一護は二本の指で頂を挟む。
掌は乳房全体を包んで撫で回しながら、指を器用に操って頂をあやす。
軽く引っ張っては離し、時に強く抓み、かと思うと指の腹でくすぐる。
「あ、ふ…っ…」
繰り返される責めに耐え兼ね、ルキアはきつく眼を瞑る。
切なげに眉根を寄せ、微かに開いた唇からは吐息と喘ぎが漏れるに任せて。
「い、いち…ごっ、もう…」
辛うじてその名を口にし、しかし続きは言葉にならなかった。
乳房に熱い吐息が押し当てられ、指とは違う何かの感触が在った。
思わず眼を開けると、橙色の髪が己の喉もとに押し付けられている。
「え…あっ、くぅ…っ!!」
戸惑いを覚える暇も無く、ルキアの身体が仰け反った。

名前を呼ばれた瞬間、もう我慢が出来なかった。
ルキアの胸に顔を埋めて、滑らかな肌に舌を這わせる。
すっかり立ち上がった頂を唇で挟んで、尖らせた舌の先でくすぐる様に突く。
「ふっ、あ…んんっ!!」
軽く歯を立てて甘噛みすると、ルキアの口からはっきりとした嬌声が零れた。
その声を耳に心地良く感じながら、右手はもう一方の乳房を弄ぶ。
先端を撫で、軽く押し潰し、掌全体を使って柔らかさを堪能する。
昂ぶる熱は最早耐え難いほどで、余裕などとっくに消し飛んでいた。
「う、ああ…あ…」
余裕が無いのはルキアも同じだった。
一護の指に、唇に翻弄され、切れ切れの声をあげ続ける。
身体は際限なく快感を求めて疼き、幾ら触れられてももどかしい。
「いち、ご…」
囁いて自ら一護の首に両腕を回し、ぎゅっとしがみつく。
その所為で一護の身体はより強くルキアに押し付けられ、更なる快感を齎す。
荒い息の中、互いの名を呼び交わす声だけが唯一意味を成していた。


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