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朽木ルキア大ブレイクの予感パート9 :  760氏 投稿日:2005/05/06(金) 02:09:32


『花ルキ』


古ぼけた箒ひとつ抱え、人の気配のない廊下を、真っ直ぐに歩いた。
彼女の身の回りの世話を仰せつかって、10日になる。最初は話こそろくに出来なかったが、
今では軽い冗談を言い合えるまでになっている。食べ物の好みから、騒ぎの発端になった
現世での騒動まで、彼女自身のことも少しは知れている。
隊舎牢の再奥の部屋に入り、鍵を開ける。
「こんにちは、ルキアさん。」
彼女は眠っていたのか、ぼんやり顔を上げ、彼を見て微笑した。
「今日は。花太郎。」

山田花太郎が、貴族、朽木ルキアを初めて見たのは、四番隊に入ってしばらくした頃
だった。
雑用だらけで、虚退治どころか魂葬もめったにさせてもらえない日々に退屈し、
同期の友人達と共に隊長格と貴族の家々が集まる宴会を陰から見物していたときだった。
木々の向こうから見える世界は、華やかなれど格調高く、形式ばっているばかりで、なんとも面白味のないものだったが、やがて紅く大きな敷物の上に、一人の少女が進み出た。
「朽木家の養女だ。流魂街出のくせに、なぜか当主に拾われたらしいぜ。」
そう、隣で友人の一人が呟いた。

どうやら、この宴会は朽木家による彼女のお披露目会のようだった。背は低く、派手さもなかったが、
その大きな瞳の輝きは、弓を張りつめるような緊張感を花太郎に与えた。
彼女は観衆に深々と頭を下げると、従者に差し出された浅打刀を受け取り、立ち上がった。
他の従者が、それまでずっと閉じられていた場違いで大きな檻の扉を開けた。
中にいたのはなんと虚だった。体長は小さい種だったが、爪も牙も鋭く、皮膚は捕獲されたときの
ものだろうか、大小無数の刀傷をつけられており恐ろしく強い霊圧を放っていた。
花太郎はおもわず身震いした。

そうこうする間に、あろう事が刀を差し出した従者が彼女に虚の蒔き餌を散らした。白い粉が
さらさらと彼女に振りかかった途端、虚は凶暴さを増し、狂ったように彼女に襲いかかってきた。
獲物を襲う悦びも、不運に対する憎しみも、意思さえも無い姿だった。
彼女はその光景を強い瞳でじっと見ていたが、虚が彼女に喰らいつく寸前に、軽く地を蹴り空へ飛んだ。
そして体をくねらせ、一回転しながらすらりと刀を抜いた。
その後は一瞬だった。彼女は燕のように急降下し、大口を開けて吠える虚を一刀の元に斬り伏せた。
浅打は、基本的に虚退治には不向きの刀である。見事だった。頭の割れた虚は、呻き声をあげて消えていった。
観衆からは、感嘆の声と小さな拍手が沸いた。その反応は、腕の立つ者達にとっては至極当然の雰囲気も流れていたが、
花太郎はその鮮やかさに呆気に取られ、それは隣の友人達も同じようであった。
しかし、この光景よりも、花太郎が驚いたものがあった。それは、刀を納め立ち上がった後の彼女の表情であった。
彼女は一礼より先に斜め後ろを振り返り、そこに座る彼女の義兄、朽木家当主の姿を見たのだ。彼を見る表情は、
さっきの殺伐とした表情とは一転、まるで褒美の言葉をねだる子供のような表情だった。
しかし、当の義兄は無の表情で酒を飲んでおり、彼女と目を合わせはしなかった。途端に、彼女の表情からは希望が消えた。
それはなんとも孤独で静寂で、けれども何故か、何故か恐ろしいほど美しい表情だった。

それ以来、花太郎はずっとあの日の出来事を忘れておらず、朽木家というと、当主の六番隊隊長より先に
彼女を思い出し、彼女のあの表情を思い出していたのだ。
そうだ。ずっと。


「今日はずいぶん大人しいのだな。」
ルキアの声に、花太郎は我に返った。
「いつもあれこれ質問攻めにするのに。ネタが切れたか?」
自分を面白そうに見つめ、そう言うルキアに、花太郎は慌てた。
「そ、そうじゃあありません。すみません…。」
情けない。何故いつも謝ってばかりなのか。花太郎はうつむいて、乱暴に手を進めた。
「聞きたいことは今のうちに聞いておいたほうがいいぞ。おそらくここにいるのもそう長くはない。」
花太郎の箒を掃く手が止まった。
「…え…?」
「昨日、お前が帰った後、義兄が通達にいらした。私は極囚として、25日後に双極に掛けられる。」
「双極…!?」
大罪人が掛けられる尺魂界最高の処刑道具。そこに掛けられたものは魂魄も残らず、現世にもこの世界にも
生きることは二度とない。そこに掛けられる?彼女が?
「双極使用の罪人なら、おそらくもうすこし厳重な牢に入るだろう。」
ルキアは腕組をして飄々と話を続ける。
「…脱獄してみせると、知り合いに啖呵を切ったのだがなあ…。ここですら今の私には難しそうなのだ。刀があれば…。」
刀。名前を持ち、形状も代わっているだろうが、おそらくあの時のような。燕のように鋭く、速く、一切の不安を切り伏せるような彼女の刀。
「…本当に今日は静かだな。もしかして、知っておったのか?」
「え、あ、いいえ!知りませんでした!でも、そんな…。」
「だからお前に会って話せるのものこりわずかだ。…短い間だったが、世話になったな。」
本当に申し訳なさそうに、彼女は言った。
「いいえ、僕は、何も…!」
そこまで声が出たが、花太郎は唇を噛んでうつむいた。
この10日。自分のしたことは、掃除をし、食事を運び、自分の好奇心のままに話を聞き出しただけだ。
何もしていない。彼女のために、何もしていないのだ。ただ、あの時の自分より少し彼女の
目にとまって、喜んでいただけなのだ。
花太郎の胸に、悔しさが込み上げてきた。

「…花、そんな顔をするな。お前はただのほほんとしていればよいのだ。」
ルキアは調子が狂ったのか、箒を握り締め突っ立つ花太郎の顔を覗き込んで呟いた。
「そんなの…それじゃ馬鹿です。」
花太郎は声を絞り出した。
「お前は馬鹿ではないか。」
ルキアは声をたてて笑いながら言った。花太郎はルキアを見た。
優しい笑顔だった。こんなに優しい人を、殺そうという人がこの世にいるのか。
こんなに優しい彼女を。

「…本当に、今も昔も、私の周りは馬鹿な者が多い。」
ルキアは、少し遠い目をして言った。
現世で交流した人間のことだろうか。それとも流魂街で暮らした仲間のことだろうか。
自分はその中で、どの位彼女の中で、位置を占めているのだろう。その自分が、この人に何ができるだろう。
「ルキアさん。」
花太郎は言った。
「何だ?」
「ルキアさん、僕に何かしてほしいことありません?なんでもいいです!してほしいことがあったら、
欲しいものがあったら、あ、会いたい人がいたら!僕でよければ、脱出の手助けもします!だから…」
本当に、咄嗟に出た子供の言葉だった。自分で言っていて情けなさが増して行った。
しかし、これしか思いつかなかった。ルキアはその言葉に驚いた顔で、必死の花太郎を見つめていたが、
やがて笑って口を開いた。
「掃除をしてくれ。ちゃんと隅々までな。」

「山田。まだここにいたのか。席官会議があるのを忘れたのか。」
牢部屋の入り口で、四番隊の先輩がすばやく声を掛けた。
「あ、はい。すみません。すぐ行きますので。」
「急げよ。」彼はそういうと、急ぎ足で引き返していった。
「もう十分だ。そんな大事な用事があったのに、済まなかったな。」
あれから半時ほど、互いに一言も喋らず、ぼんやりしていたルキアが言った。
「…はい。」
花太郎は素直に従うと、埃をまとめ、牢の入り口に向かって歩いた。
座るルキアとすれ違い、牢の門に近づく。
「…失礼しました。」
門を見つめたまま、花太郎は言った。
すると、いつもとは違う方向から、
「ああ。」
と、声が聞こえてきた。
花太郎は振り返った。
そこには、今まで見た中で一番眩しい笑顔をしたルキアが立っていた。
いつもは椅子に座ったまま、うつむき加減で自分を見送る彼女が、今日は明るい笑顔で目の前に立っていた。
作り笑顔だった。でも、それは自分への精一杯の、彼女の餞別だった。
花太郎は、嬉しさで胸がいっぱいになった。

「元気でな。」ルキアはつとめて明るく、優しく言った。

 その時、自分の何かが音を立てて弾け飛んだ気がした。
気がついたときには、ルキアを引き寄せ、自分の口で、彼女の唇を塞いでいた。
彼女の体が硬直するのが分かった。
 花太郎は、自分の持てる想いと力の全てを使って、ルキアを抱きしめた。
彼女の悲しみを、不条理の悲しみを、一刀に切り伏せるように。
「…ルキアさん。ルキアさん、ルキアさん…!!」
声を振り絞り、必死で彼女の名を呼んだ。死んでも今この場では泣かないように。
そして、何十年も、自分の中で確かに息づいていた言葉を言った。
「…好きです。」
ルキアは、硬直したまま、身動きひとつせずにその言葉を聴いた。
助けてあげたかった。救いたかった。いつの間に自分はこの人の敵側に立ってしまったのだろう。
連れて逃げたかった。守りたかった。彼女の全てを。自分の手中に収めたい。そこまで想っているのに。

「…だ。」
ルキアがかすかに何か言った。花太郎は聞き返した。
ルキアはゆっくり、再び言った。
「私の好きなのは、…お前ではないのだ。」
花太郎の体温が、ゆっくり、穏やかに引いていった。
当たり前の結果だった。これは、自分にとっても、やってはいけない、するべきじゃないというのは、
よく分かっていた。最後の最後に、彼女自身に解放されてしまったのだ。
「…はい。」
花太郎はそう答えると、ゆっくり体を離した。

花太郎とルキアの間に、ひんやりと冷たい空気が流れた。



(完)