朽木ルキア大ブレイクの予感パート9 :  かなみ氏 投稿日:2005/05/05(木) 21:30:10


『イチルキ』 (再録作品)


ーー別れるなら、海が良いなと
ずっと前からそいつは、そう言って笑っていた。

***

冬の太陽の薄い色の光が、まるで届かない。
グレイの水面が光を反射させ、薄ら寒い光景が広がっていた。
それが、何故かとても目にしみる。


「一護」
「あ?」
「泳がんのか?」

微笑む死神。
俺の頭に強い周波の痛みが襲った。

「……それは俺に死ねっつってんのか……?」

モノトーンの冬の海に死神とふたりなんて、自殺には完璧な条件だ。
洒落にならない。

しかし、たしかに死神のはずの少女は、頓着もせず、きょとんとした顔をしている。

「海に行くのに泳がないのは愚の骨頂だと、出発前に行ってたのはお前だろう」
「だーかーらー、俺は、<冬の海なんて泳げねぇのに何のために行くんだよ>っつー意味で言ったんだろうが!!!」
「だから、泳ぐために来たのだろう?」
「アホか!溺れてもしらねーぞ、ルキア。泳ぎたきゃ勝手にしろよ」

バシャーー


大きく水音が聞こえて、まさかという思いで少女の方を振り返る。
案の定、ルキアは海の中に入っていた。
「何やってんだよ、お前……」

ルキアが水に濡れた笑顔を向けた。
初めて出会ったときから、寸分変わらぬその姿。

別に必要も感じていないのに、成長してしまう自分たちとは、全く違う身体。

ーーどうして、俺とお前はこんなに違う存在なんだ?


「一人で楽しんでんなよっ!!」

文句ひとつ、叫んでから俺は海に飛び込んだ。

二人で水にたわむれる。
時間も温度も全て忘れて、笑いあった。思えば、こいつと<遊んだ>ことなんて数えるほどしかないんじゃないんだろうか?



「お前と、海に来たかった」

ふいに吐かれたその言葉に、俺は息を詰めた。
妙な甘さを感じて…。
何色気づいた声だしてんだよ、そうからかおうと思ったが、彼女は珍しく真摯な瞳を俺に向けていた。

「……何だよ、急に…」

顔をしかめて、ルキアの顔に手を伸ばした。

彼女の頬にへばりついている彼女の髪を、どかそうとしただけだった。

なのに。


触れた瞬間、時間が凍結した。


何も聴こえない。
何も考えれない。

ーーああ、神様。こういう時にすることはひとつだよな?


少し顔を近づけると、彼女が瞳を閉じた。それが引き金になったように、俺は強く口づけた。

彼女の唇は甘くなくて、ただ冷たかった。
目を閉じて、その優しい感触を味わった。
思ったより、唇はすぐ離れてしまう。
彼女の冷たい味が名残惜しく、目を開けると、いつもより少し真面目な顔をした死神がいた。

今にも消えてなくなりそうに見えて、慌てて腕をひきよせて抱きしめる。

『ーー別れるなら、海が良いな』

あの言葉が頭を駆け巡った。

恋なんてしなくていいじゃないか、と思っていた。
好きなんていわなくてもこんなに心地よさを感じられる。
そんな関係を望んでいたんじゃないのか、ルキア?
俺とお前は、同じ気持ちじゃなかったのか?


「これで、お別れ、って?」


「ああ。」

あっさりと、恐ろしいほどの残酷さでルキアは同意した。

「……また、会えんのか?」

しぼりだした未練たらしい言葉に、俺自身、呆れた。

「………」


少女の沈黙と沈んだ瞳が、会えないことを示していた。
でも。


「さよならは言わんぞ」

そう呟いた彼女の手は、微かに震えていた。

「………」

たくさんの言葉が空回る。
震えるルキアに、どんな言葉をかければ、彼女は傷つかずにすむのだろう。



透き通ったこえがこの沈黙を裂いた。



「何でもないふりをしてくれ、一護。いつも通りに。また会えることに。」

「……ああ」

頷くしかできなかった。
今、どういう顔をしているのか、自分でもわからない。



「じゃあ、またな。ルキア。」

抱きしめたままで、なるべくいつも通りに声をかける。
そう、最後のあいさつを…。


そんな俺の胸に顔をうずめ、ルキアが小さな声で呟いた。


「…ああ、またな。…一護」




冬の海辺で、腕の中の少女の姿が崩れていく。
風化するように砕けて、散り、星の屑のようにキラキラ光りながらーーー消えていった。

何も残らない。
その香りすら風にさらわれていく。

俺は泣くことすら忘れてしまった。


足を濡らす海の温度が、酷く冷たいことにようやく気付いた。
水にきらめく彼女の姿とことには、決して夢ではなかったはずなのに。

海に映る彼女は、とても綺麗だと思った。
海に映るお前はとても綺麗だと、言いたかった。


『お前と会えてよかった。』

空に散ったお前の最後の言葉を、俺はきっと忘れない。


(完)