朽木ルキア大ブレイクの予感パート13 :  359氏 投稿日:2006/06/24(土) 22:39:25


虚一護ルキア


―――いつも通りの任務の筈だった。
だが、崩玉の影響は末端の虚にまで及んでいたらしい。
どうにか魂送を終えた時には、二人とも満身創痍だった。
殊に一護は左肩の辺りを酷く抉られていた。
虚が消えるや否やがっくりと膝をつき、低く呻く。
「一護…!!」
ルキアは己の傷も構わず駆け寄った。
素早く一護の傷を検分し、思わず息を呑む。
深手なのは一目瞭然だ。
溢れる鮮血が死覇装を更に黒く染めていく。
「すぐに治療を…」
鬼道を発動しようと一護の傷口に両の手をかざす。
気を集中させ、回復鬼道の詠唱を開始するために口を開いた。
が、それを中断させたのは他ならぬ一護だった。
「止めとけ、死神」
不快そうに唸る声は、明らかに通常の一護のそれとは異なる。
「黙って見てろ」
「…一護?」
ルキアは焦って己の腕を見下ろした。
詠唱を阻むかのように、一護の右手の指が喰い込んでいる。
「放せ一護、これでは治療が…」
「止めろって言ってんだろ」
苛立たしげに吐き出し、一護はゆっくりと顔を上げた。
「!?」
その瞬間、ルキアの表情は凍りついた。

そこに居たのは一護ではなかった。
燃え盛るような橙色の髪の毛はそのままだったが、他の全てがあまりに違っていた。
漆黒の瞳の中、不気味な光を放つ黄色の虹彩。
裂けた様な口から覗く鋭い牙。
そして何よりも、顔の左半分を覆う不気味な仮面。
「貴様、誰だ!?」
ルキアの声は上ずっていた。
「一護に、何をした…!?」
「随分なご挨拶だな」
せせら笑う様に鼻を鳴らし、『それ』は出し抜けにルキアに顔を近づけた。
本能的な嫌悪感と恐怖から顔を反らそうとするルキアだが、腕を押さえ込まれては逃げ場が無い。
「そんなに嫌うなよ…朽木ルキア」
『それ』の口から発せられたのは、紛れも無く己の名だ。
ルキアは眼を見開き、半ば呆然と『それ』を見つめる。
「どうしててめえの名前を知ってるのか、って?」
話す間に左肩の傷口は見る見る塞がり、もはや跡形も無い。
「それはな…こいつが」
眼の前の『それ』は親指でぐいと己の胸を指し、
「始終てめえの名前ばっか呼んでるからよ。ルキアルキアルキア…ってな」
「いったい、何の…?」
「まだわからねえのか」
必死で言葉を絞り出すルキアに呵呵大笑を浴びせ、ことさら時間をかけて立ち上がる。
未だ腕を掴まれたままのルキアが僅かに眉を顰めた。
ルキアが逃げ出すのを阻止するかのように、必要以上とも思える力が込められている。
恐らくは痣となって残るに違いない。
しかし『それ』は一向に気にする様子も見せず、
「こいつの考えることは俺に筒抜けなんだよ…黒崎一護は、この俺なんだからな」
そう、吐き捨てた。

ルキアの思考が一瞬停止する。
そんな、莫迦な…。
これは、今眼の前に居る奴は…そう、虚ではないか。
この虚が一護だ、と…!?
「嘘だ!!」
悲鳴のような叫びは、すぐに掻き消えた。
心の何処かでは既に理解していた。
一護の中に巣食う内なる虚。
虚を御することが出来なければ、一護の精神は喰われてしまう。
だとすると、一護は…。
「うるせえな。ギャーギャー騒ぐなよ」
力任せに腕を引っ張られ、ルキアの思考が一時途絶する。
「待て、何処に行こうというのだ!?」
「決まってんだろ」
牙を剥き出して獰猛な笑みを浮かべ、『それ』はルキアを見下ろした。
「帰るぜ、ルキア」

辺りは宵闇、日付は既に変わっている。
半ば引き摺られる様な格好で家路を辿りながら、ルキアは前を行く背中を見つめていた。
後姿は一護そのものだ。
死覇装を纏った大きな背中も、橙色の髪の毛も。
だが、此奴は一護ではない。
先程己に注がれた眼差しを思い出し、ルキアは身を震わせた。
何の感情も読み取れない、冷たく光る眼差し。
深淵を覗き込んだかのような錯覚に囚われる漆黒。
虚の眼、だった…。
ルキアの歩みが自然と鈍る。
が、『それ』は掴んでいる腕にいっそう力を込めただけだった。
ルキアが立ち止まろうものなら、引き摺ってでも連れ帰りかねない勢いだ。
気遣う素振は微塵も無く、無言のまま大股で歩を進める。
抵抗するだけ無駄というものだろう。
ルキアとしては転ばぬよう、懸命に足を動かすしかなかった。
沈黙が重く圧し掛かる。
言葉は喉に張り付き、全く意味を成さない。
加えてルキアはひどく混乱し、驚愕し、何よりも恐怖していた。
『内なる存在』の筈の虚が、今こうして一護の身体を支配している。
それは取りも直さず、一護が虚の制御に失敗したということだ。
一時的なことであれば救いもある。
しかし…。
どんなに眼を背けようとしても、思考は同じ場所に還ってしまう。
一護の精神が、完全に虚に喰われてしまったのだとしたら…?
自分の知る一護は、永久に居なくなってしまったのか…?
最悪の可能性に、ルキアは再び身体を震わせた。

言葉を交わすこともせぬまま、二人は黒崎家へと帰りついた。
窓を潜り抜けて部屋の中へと降り立ち、『それ』は些か物珍しそうに周囲を見渡す。
ようやく自由になった腕をさすりながら、ルキアはそっと溜息を吐いた。
さすがにこのような事態は予測していなかった。
どうすれば良いものやら、見当もつかない。
このまま虚を野放しにしておく訳にもいかぬが、しかし…。
だが逡巡するルキアの眼の前で、『それ』はあっさりと一護の肉体に収まってしまう。
ベッドの上で眠り込んでいたコンが、その存在に気づく暇も無く。
「おい、貴様…!!」
ルキアの呼びかけに振り返ったのは、いつもの一護だった。
ただ一点、冷たく光る眼を除いては。
「何だよ、おまえだってこっちの方が都合が良いんじゃねえのか?」
「そ、それは…」
ルキアは言い淀んだ。
確かに、此奴の言う通りだ。
虚の姿で好き放題に振舞われるよりも、人間の肉体の方が対処のしようがある。
「おまえも早く義骸に戻っちまえよ。話はそれからだ」
まだ混乱しているルキアとは対照的に、『それ』はすっかり寛いだ様子だ。
ベッドの上に半身を起こし、笑みさえ浮かべてルキアを見返す。
不本意ながらも促される形となり、ルキアは押入れへとにじり寄った。

任務の際には、いつも一護の部屋の押入れに義骸を仕舞っていた。
決して『それ』から眼を離さぬよう努めつつ、急いで義骸へと魂魄を移す。
だがルキアの警戒心を他所に、『それ』はベッドの上から動こうとはしなかった。
ただ目を細め、興味深げにルキアの様子を見守っている。
「…貴様の狙いは何だ?」
義骸に戻ったルキアは、改めて『それ』に向き直った。
押入れの前に立ち、いつでも行動を起こせるよう警戒を緩めない。
「一護をどうした!?」
眼前の『それ』から発せられる威圧感は言葉にし難い。
怯えているのを悟られぬよう精一杯虚勢を張ってはみせたが、語尾が震えていた。
「そうピリピリすんなって…」
「答えろ!!一護をどうしたのだ!?」
「どうもしやしねえよ。喧しい死神だな」
『それ』はやれやれと首を振り、頭を掻いた。
一護と同じ仕草、同じ声。
しかしその事実は、今のルキアを激昂させるだけだ。
「貴様っ…早く一護を戻せ!!」
「そう簡単にはいかねえんだな、これが」
喉の奥でくぐもった笑いを響かせ、『それ』は頭の後ろで両腕を組んだ。
「おまえだって知ってんだろ?俺が一護の心の中に居たってこと」
「…」
「俺はこいつの本能だ。闘いを求め、敵を屈服させたいという根源的な本能なんだよ」
「一護の、本能…」
「目覚めて以来、俺とこいつはずっと闘い続けてきた。俺は表に出る機会を窺い、こいつはそれを理性で抑え込もうとする」
「しかし、一護はこれまで貴様を抑えてきた筈だ。それが…何故今なのだ!?」
我知らずルキアは話に引き込まれていた。
身を乗り出し、拳を握り締め、額に滲む汗にも気づかない。
「なあ死神…おまえ、さっきの闘いで怪我しただろ?」
「…!!」
ルキアは咄嗟に己の脇腹に手を当てた。

先刻の闘いで負傷したのは事実だ。
が、ほんのかすり傷だった。
相手の虚が虚閃を放った瞬間、身体を捻ってかわすのが僅かに遅れただけだ。
「実際の怪我の程度なんか問題じゃねえ。一護にはおまえが虚閃に撃たれたように見えた…途端に理性は跡形も無く吹っ飛んじまった。呆れるほど脆弱な奴だぜ、こいつは」
嘲る声に、ルキアの紫紺の瞳が見開かれる。
「では…私の所為、か?」
「何を今更」
『それ』は肩をすくめ、天井を仰いだ。
「そもそもどうして俺が目覚めたか、知らない訳じゃねえだろう?」
「強くなりたいと願ったから…ではないのか?」
「誤魔化してんじゃねえぞ、ルキア」
不意に『それ』の瞳が凶暴な光を帯びる。
一歩後ずさったルキアだったが、すぐに押入れの戸に阻まれてしまう。
本当は身を翻して逃げ出したかった。
だが、出来なかった。
まるで縛道でも仕掛けられたかのように、容易に予想出来る言葉の続きを待つ。
その言葉が己を深く傷つけることを理解していながら。
「俺が初めて表に出たのは、尸魂界で朽木白哉と闘った時だ…そう言えば解かるよなぁ?」
ルキアの両肩がピクリと震えた。
私の所為だ…。
私が不甲斐無い所為で、一護は…。
「頼む、教えてくれ。一護は今、どうしているのだ?」
一刻も早く、一護に逢いたい。
逢って、謝りたい。
縋るように見つめる先で、『それ』は再び不敵に笑った。
「死んじゃいねえよ、安心しろ。今は自分の殻に閉じ篭ってるだけだ」
「それでは、いつ…?」
「そのうち戻るだろ。ま、それまでは精々表の世界を愉しませて貰うとするか」
そう言い放った瞬間、
「…!!」
突如『それ』は苦悶の表情を浮かべた。
笑みは消え失せ、右手で己の喉元を掴み、身体を深く折り曲げる。
「くそっ、一護の野郎…っ!!」

名前を聞いた途端、ルキアは我を忘れた。
一護が、戻ってきた…!!
「一護っ!!」
夢中で駆け寄り、肩に手をかけて顔を覗き込む。
「一護、一護…!!」
期待と安堵で輝いていたルキアの表情が、ふと怪訝そうに曇る。
細い手首に一護の右手の指が喰い込み、いとも容易く捻り上げたのだ。
そして、
「甘えよ、ルキア」
低く囁かれた声。
その言葉にはっとする暇も無く、ルキアの視界が反転した。

瞳に映るのは見慣れた部屋の、見慣れた天井。
こちらを見下ろす、見慣れた一護の顔。
しかし、その瞳は一護のものではない。
夜目にもはっきりと判るほどに妖しげな、そして冷酷な光を放っている。
「…!?」
押し倒されたのだとルキアが気づくまでに、更に数秒を要した。
「随分と騙され易い死神だな、おい」
「貴様…!!」
「それとも、一護が相手だとああも簡単に気を許しちまうのか?」
揶揄するように言って、『それ』は右手だけでルキアの両腕を封じた。
拳を固める小さな手をいなし、頭上に掲げさせてシーツに縫い止める。
「放せ!!何をする気だ!!」
ルキアは懸命に抗った。
両の脚をばたつかせ、圧し掛かる一護の身体を跳ね除けようと必死でもがく。
が、力も体格もあまりに差がありすぎた。
両脚を跨ぐ形で座り込まれると、殆ど身動きすら出来ない。
「そう騒ぐなって。どうせ一護とヤってんだろ?」
一護の表情には似つかわしくない、下卑た笑い。
それを目にした瞬間、ルキアは顔を擡げて思うさま唾棄した。
一護を侮辱されたような気がして、怒りに目が眩んだ。
「黙れ!!一護は、貴様のような輩とは違う!!」
「どう違うっていうんだ?」
『それ』は頬にかかった唾液を無造作に拭い、上体を屈めてルキアの耳元に口を寄せた。
「こいつはな、おまえを抱くことばっか想像してんだよ。何回も何回も…な」
「…!?」
「頭の中じゃ好き放題におまえを穢してる癖に…ひでえ奴だよな、一護は」
「つまらぬ嘘を…!!」
「ま、信じるか信じないかはおまえの自由だからな…それよりもルキア、あまり大声を出すと不味いんじゃねえのか?」

『それ』の言葉の意図するところを悟り、ルキアは焦って口を噤んだ。
壁を隔てて隣は一護の妹たちの部屋だ。
今のこの状況を見られる訳にはいかない。
他人のルキアから見ても、一護は優しくて頼りがいのある申し分の無い兄だし、妹たちも一護を慕っている。
優しい筈の兄のこのような姿を見たら、妹たちは少なからぬショックを受けるだろう。
「卑怯者め…!!」
押し殺した声でルキアが罵る。
しかし『それ』は意に介さない様子でせせら笑う。
「貴様、何が可笑しい!?」
「上等だ、死神」
次いで発せられた言葉に、ルキアの表情は凍りついた。
「…おまえは今から、その『卑怯者』とやらに犯されるんだぜ」

武骨な指がルキアのパジャマのボタンに掛かる。
その感触に、呆然としていたルキアが我に返った。
「は、放せっ!!」
両腕を囚われたまま、死に物狂いで身を捩る。
「おい、そんなに暴れんなよ」
寧ろ面白そうにその様子を眺め、『それ』は左手をルキアの襟元から上方へと滑らせた。
力任せに顎を掴んで覗き込むと、いっぱいに開かれた紫紺の瞳が見返してくる。
其処に紛れもない恐怖の色を認め、『それ』は凄惨な笑みを浮かべた。
「なあ…おまえだって、少しは期待してるんだろ?」
「訳の分からぬことを…!!」
「そうか?」
表情を宿さない虚の眼が、真っ直ぐにルキアを射すくめる。
「一護のこと、嫌いじゃねえんだろ?」
「!!」
傍目にも判る程に、ルキアの顔色が変わった。
「図星か」
「き、貴様には関係の無い話…」
言葉が途切れた。
一護の唇が強引に覆い被さり、ルキアの唇を塞ぐ。
だが『それ』はほんの一瞬足らずで唇を離し、上体を仰け反らせた。
忌々しげに歪めた唇の端から、鮮血が一筋滴り落ちる。
ルキアが強かに噛み付いたのだ。
まだ抵抗を諦めた訳ではないと、そう態度で示すかのように。
「てめえ…」
低い唸り声が凄みを増す。
負けじと睨み返すルキアの瞳の強さも、『それ』の怒りを掻き立てた。

「おとなしくしてりゃ、優しくしてやったのによ…」
パジャマのウエストに手をかけ、下着ごと一気に引き摺り下ろす。
「や、止めろ、触るなっ!!」
「うるせえ。がたがた言うんじゃねえよ」
蹴り上げる脚に些か手こずりながら完全に脱がせ、ベッド脇の床に放った。
無防備に曝される感触に、ルキアの肌が粟立った。
絶望と恐怖に押し潰されそうになりながらも、唯一己の自由になる首を激しく振り、拒絶の意思を表す。
「嫌だ…嫌だっ!!」
「ほらほら、家族が起きちまうぜ?いいのか?」
しかし儚い抵抗も、その一言で封じられてしまう。
唇を噛み締めるルキアに、『それ』は更に追い討ちを掛ける。
「それから…分かっちゃいるだろうが、一応釘を刺しとくか」
「…!?」
「こいつの家族がどうなろうが、俺の知ったことじゃねえ。俺は一護じゃねえんだからな」
ゆっくりと、一言一言噛んで含めるように言い聞かせる。
ルキアの表情が見る間に強張り、絶望が影を落とす。
「もし俺がその気になれば…」
「言うなっ!!」
遮ったルキアの声は小さく、震えていた。
しかしその声は、『それ』に口を噤ませるだけの凛とした迫力を備えていた。
「それ以上は、言うな」
…一護にとってもっとも大事な存在は、家族だ。
ルキアはそのことを知っていた。
知っていたからこそ、覚悟を決めた。

「…抵抗は、せぬ」
戦慄く息を吐き出し、ルキアは硬く眼を瞑った。
囚われていた両腕が解放されても、微動だにしないままだ。
「なかなか聞き訳が良いじゃねえか…最初からそうやって素直にしてりゃ良いんだよ」
『それ』は唸り、再び噛み付くように唇を重ねた。
可憐な唇をきつく吸い、真珠の様な歯列をなぞる。
息も吐かせぬほど深く口付けると、息苦しさに屈したルキアが小さく口を開けた。
その瞬間を見澄まして舌を隙間に捩じ込み、逃げようとするルキアの舌を絡めとる。
「ん…ふっ…」
苦しげなルキアの呻きは、より一層『それ』を煽り立てるだけだ。
狭い口腔内を蹂躙しつくし、大量の唾液を流し込む。
白い喉を小さく鳴らして、ルキアは送り込まれる液体を懸命に飲み下した。
飲み込みきれなかった分が唇の端を伝い落ちるのにも気づかず、必死で息を継ぐ。
「成る程…抵抗しないってのは嘘じゃなさそうだな」
気の済むまでルキアの唇を堪能し、『それ』が呟いた。
荒い息を整えながら、ルキアは無言で『それ』を見上げる。
抵抗はしないが、気持ちまで屈服した訳ではない。
毅然とした光を宿した瞳が何よりの証拠だ。
「気に入らねぇな…その眼」
何者にも屈しない紫紺の色が、『それ』を堪らなく苛立たせる。
抵抗する術すら持たない、取るに足りない存在の癖に。
「気に入らぬのならば、潰せば良いだろう」
「いいのか、そんなこと言って…本気にするぜ?」
「どうせ義骸だ。構わぬ」
昂然と顔を上げ、ルキアはそう言い放った。

その一瞬、図らずも『それ』は心奪われた。
組み敷いた死神の、凄絶なほどの美しさに。
小柄で華奢な肢体は、決して成熟しているとは言えない。
顔立ちも未だ幼さが色濃く残る。
にも拘らず、素直に美しいと感じた。
その幼いながらも整った顔が、苦痛と屈辱に歪むのを見たい。
綺麗な紫紺の瞳に涙を湛え、己に服従を誓う様を見たい。
眼を潰す代わりに喉もとに喰らいつき、そろりと歯を立てる。
淡雪のように融けてしまいそうな柔らかな感触。
己の牙の下で微かに震える瑞々しい身体。
暫しその感触を味わい、『それ』はゆっくりと唇を離した。
純白の肌に刻まれた紅い印が、夜目にも鮮やかに浮かび上がる。
「なあ、ルキア…一護の奴、この痕を見つけたらどんな顔をするだろうな」
「!!」
ルキアは思わず喉もとに手をやった。
覚悟と恐怖の狭間で、大きな瞳が揺れた。

一護の長い指が、何の迷いも無くルキアの中へと侵入を果たす。
気遣いなど欠片も感じられない、唐突で粗暴な動き。
「…っ」
ルキアが小さく息を呑む。
初々しい反応に、『それ』は薄く笑った。
優しく扱ってやるつもりなど毛頭無い。
唾を吐きかけられ、噛み付かれ、罵倒されたのだ。
相応の代償を払わせてやるつもりだった。
狭いのを承知で力任せに指を押し進める。
そうする間にも視線はルキアの顔に据えられたままだ。
魅入られてしまったかのように、その顔から視線を離すことが出来ない。
すっかり血の気を失った、透き通るように蒼白な顔。
黒く艶やかな髪と、淡い桜色の唇との色合いが美しく映える。
澄んだ瞳が天井に向けられているのは、せめて今のこの事態を認めまいとしてのことか。
まるで己の存在を否定されているようで、気に食わない。
『それ』は空いた片手でルキアの顎を掴み、無理矢理己の方へ向けさせた。
「てめえは俺だけを見てろ。勝手な真似をするんじゃねえよ」
見上げる瞳は、しかし未だ輝きを失ってはいない。
ぎらぎらと、反抗的な光を湛えて『それ』を睨み付ける。
罠に囚われた美しい獣の様に。

背筋が痺れるような快感を覚え、『それ』は乱暴に指の抜き差しを開始した。
無理やり身体をこじ開けられる感触に、ルキアの身体は総毛立つ。
必死で悲鳴を押し殺し、それでも身体の震えは止める術が無い。
徐々に恐怖に侵食されていくルキアの表情を眼前にして、『それ』は愉悦に浸る。
ルキアの中は狭く、乾いていた。
まるで彼の侵入を阻むかのように、きつく締め付けてくる。
あまり乱暴にするとルキア自身を傷つけかねないが、生憎そんな思いやりは持ち合わせていない。
そもそも相手に快楽を与えるのではなく、己の侵入を助けることを意図した動きだ。
指の数を増やし、更に力を込めてぐいぐいと押し込む。
「い…っ!!」
途端に華奢な身体が強張った。
与えられる苦痛から逃れようと、ルキアが無意識のうちに左右に腰を捩る。
味わったことの無い痛みが、ただ恐ろしくてならない。
「こら、暴れんなって…」
右手は残酷な動きを続けながら、『それ』は左手でルキアの腰を押さえ込んだ。
互いの身体が密着したせいで、余計に一護の指が深く潜り込む。
戯れに指を揺すると、食いしばった歯の隙間から微かな呻きが漏れた。
大きな瞳は苦痛のため眇められ、心なしか潤んでいるようだ。
僅かに紅潮した頬には、長い睫毛が影を落とす。
痛みを堪えるその表情が、『それ』の欲求を煽り立てる。
この死神の全てを、己のものにしたい。
闘争本能にも似た、根源的な欲求。
欲求は暴力的な昂ぶりとなり、支配している一護の身体を急かす。

指が押入ってきた瞬間、頭の中が真っ白になった。
冷たくおぞましい感触に、悲鳴をあげそうになる。
そして何よりも、与えられた痛みに。
身体は頑なに侵入を拒否し、嫌悪感と苦痛を齎す。
内側から裂かれるような激しい痛みに、一瞬息が止まった。
「さっきの勢いはどうした?」
耳元で囁かれるのは甘い睦言ではなく、辱めの言葉。
「泣きそうな顔してるぜ、ルキア…」
「く…っ」
込み上げる悲鳴と嗚咽を堪えるのは容易ではない。
冷たく光る瞳に曝され、それでも決して涙を見せるまいと己に誓った。
涙を見せたりして、此奴を喜ばせるのだけは御免だった。
くだらぬ意地だとわかってはいても、それしか縋るものが無かった。
最後に許されたプライドをかき集め、ルキアはぎりっと歯を食いしばる。
「いい加減に認めちまえよ…本当は嫌じゃねえんだろ?」
「何、だと…?」
「一護の指でこんなことされて、感じてるんだろ」
増やされた指が一際奥まで潜り込み、引き抜かれ、そしてまた埋められる。
「ひっ…あ…!!」
「言えよ、気持ちいいって。抱いてくださいって、泣いて頼んでみろ」
激しさを増す抽送、耳を聾する唸り声。
ルキアは切れ切れの呻き声をあげ、首を左右に振った。
その動きは緩慢で弱々しく、今し方までの威勢の良さが嘘のようだ。
「嫌だ…っ」
「強情な死神だな、てめえも」
愛撫というには憚られる、あまりに一方的な蹂躙。
それが齎すのは快楽ではなく、苦痛と屈辱でしかない。
ひたすら耐えたルキアに告げられたのは、しかし残酷な事実だった。

「だけどな…身体は随分と正直みたいだぜ?」
『それ』の言葉が何を意味しているのか、ルキアには皆目見当がつかなかった。
ようやく指が完全に引き抜かれたことに安堵し、殆ど耳に入っていなかった所為もある。
荒い息を繰り返すルキアの眼前に、不意に『それ』の指が突き出された。
「見ろよ、ルキア」
「!?」
たった今まで己の体内に埋められていた指を曝され、ルキアが頬を朱に染める。
『それ』の意図するところが分からず、嫌悪と同時に困惑は隠しようも無い。
「ほら…濡れてるだろ?」
戸惑うルキアを見ながら、『それ』は凄惨に笑う。
「これはな…てめえが感じてる証拠なんだよ」
「な…っ!?」
ルキアの顔が引き攣った。
「嫌だとか言ってた割には、しっかり感じてんじゃねえか」
「ち、違う…」
嘘だ。
快楽など感じてはいない。感じる筈がない。
そこに在ったのは、痛みと恥辱だけだ。
「そんなに小っこい癖に…随分といやらしい身体してるんだな、てめえは」
呆れた風を装って言い募れば、ルキアの咽がくっと鳴った。
泣き出す寸前の潤んだ瞳で見上げられ、『それ』の嗜虐心は否応なく高まる。
この死神が感じていないことなど、承知の上だった。
指を濡らす液体は、彼女自身の身体を守ろうとする本能により流れ出たものだ。
だが彼女を辱めるためには、このまま勘違いをさせておいた方が好都合だった。
笑みを崩さないまま手を擡げ、濡れた指を一本ずつゆっくりと舐め回す。
口に含んで卑猥な音と共に吸ってみせると、ルキアの瞳が驚愕に見開かれた。
「あっ…」
信じ難い光景を見せ付けられ、瞳を逸らすことすら出来ずにいる。
「これだけ濡れてりゃ充分だろ…なあ、ルキア?」

『それ』はもう一度ルキアの腰に片手を回し、完全に動きを封じた。
一方の手では素早くベルトを緩め、邪魔な衣類を脱ぎ捨てる。
二人の身体を隔てるものは全て取り去られた。
破壊衝動にも似た穢れた欲望は、性急な動きへと形を変える。
細い両脚の間に無理に身体を割り込ませ、猛る一護自身を小さな秘所に宛がった。
刹那、ルキアが硬く瞳を閉じる。
「一護…」
唇から漏れ出たのは、殆ど聞き取れないほどに微かな声。
助けを求めて名を呼ぶその声は、しかし『それ』を逆上させた。
「呼んでも無駄だぜ、死神。一護は戻らねえよ」
「一護…一護っ!!」
「無駄だって言ってんだろ…!!」
次の瞬間、一護自身がルキアを貫いた。

小さな身体が仰け反った。
両脚の間に熱い塊が押し付けられ、抵抗を無視して押し入ってくる。
指で嬲られていた時とは比べ物にならない痛みが、容赦なくルキアを襲った。
悲鳴は覆い被さる唇に吸い込まれ、くぐもった音にしかならない。
一息で最奥まで突き入れ、『それ』はふと目を細める。
結合した部位から流れ出る鮮やかな紅。
「初めて…だったのか」
思わず動きを止め、そうルキアに問う。
「っ…だとしたら…何、だ…」
途切れがちの息を吐き、声を振り絞ってルキアが応える。
睨みつける瞳は、憎悪の色を隠そうともしない。
この期に及んでの気概に、『それ』は呆れると同時に畏敬の念すら覚えた。
そして…嬉しくて堪らなくなる。
誇り高い死神を、思う存分穢し尽くすことが出来る。
滅茶苦茶になるまで玩び、悲鳴をあげさせ、己の足元に這い蹲らせる…。
欲望は止まる処を知らず、動かずにいるのも最早限界だった。
ぎりぎりまで自身を引き抜き、再び勢いをつけて突き上げる。
「うぁ、っ…!!」
抑えきれなかった悲鳴がルキアの口から零れた。
本能的に逃げようとしても、爪先がシーツの上を空しく滑るだけだ。
全身を貫く衝撃に、呼吸さえも上手く出来ない。
「さすがに…きつい、な…」
息を荒げているのは『それ』も同様だった。
両腕でがっちりとルキアの腰を押さえ込み、何度も何度も激しく己の腰を叩き付ける。
流れる破瓜の血は『それ』の動きを滑らかにし、震えるほどの快感を呼び覚ます。
穿つ様に押し広げる様に動くと、熱く濡れた内壁が絡み付く。

「あ、あ…っ、ん…!!」
弱々しく喘ぐ声が耳に心地良い。
苦痛から漏れるその声すらも、『それ』をいっそう昂ぶらせるだけだ。
震える身体に覆い被さり、再び喉もとに喰らいついた。
滑らかな肌を舌でなぞりながら、左に右にと痕を刻む。
紅く濡れ光る刻印は一筋の線を形作り、『それ』の眼を愉しませた。
白く細い喉を彩る紅い首輪。
「くぅ…あ…」
「もっと啼けよ、ルキア…っ!!」
目茶滅茶に抉られ、そこに在るのは痛みだけだった。
ルキアは両手でシーツを固く握り締め、必死で耐える。
抵抗しようとか逃げようとか、そう考えるだけの気力も残っていなかった。
華奢な肢体を力なく捩り、息を喘がせるのが精一杯だ。
「や、あっ…!!」
堪えきれずに意識を手放そうとした瞬間、
「おっと…まだ早えよ」
不意に律動が止み、期せずして与えられた休息にルキアは思わず安堵する。
意図が分からずに見上げれば、歪んだ笑みが待っていた。

「勝手に寝てんじゃねえぞ、ルキア」
『それ』は出し抜けに手を伸ばし、ルキアが未だ纏ったままのパジャマの襟を掴んだ。
力を込めて引き下ろすと、日に曝されていない白い肩口が露になる。
無防備なそこへ唇を押し当て、舌先で丁寧に舐め上げる。
今迄の荒々しさが幻であったかと思えるような、労わりすら垣間見える仕草。
首筋から肩にかけて何度も往復し、柔らかな耳朶を口に含み、熱い吐息を吹きかける。
「は、あ…っ」
繰り返される穏やかな刺激に、ルキアの呼吸は徐々に落ち着きを取り戻しつつあった。
快楽など感じるべくも無いが、今は動かないで居て貰えるだけで有難い。
だが、『それ』が待ち望んでいたのは一瞬の心の隙。
ルキアの身体が僅かに緊張を解いた瞬間、鋭く肩口に歯を立てた。
「ああああっ…!!」
痛みから逃れようと闇雲に暴れる身体を、全身を使って押さえ込む。
食い込んだ歯は容易に柔肌を貫き、血管を破った。
白い肌を汚す紅が己の顎を伝い落ちても、尚も力を緩めない。
「や、あ…っ、あぁ…」
「てめえは俺のもんだ、死神」
ようやく牙を離し、『それ』が吠えた。
再開された抽送はより激しく、ひたすらにルキアを攻め立てる。
「一護のことは忘れろ。てめえは俺だけを見てろっ…!!」
「や…いや、だ…」
限界まで押し広げられた身体、絶え間なく襲う激しい痛み。
荒々しい動きに翻弄され、身体を揺さぶられ、欲望を叩き付けられる。
ルキアの身体は悲鳴をあげ、これ以上意識を保ち続けることを拒んだ。
「一護…!!」
小さな声でその名を呼んだのが最後だった。
今度こそルキアは意識を手放し、暗闇へと己を委ねた。

※   ※   ※

一護のことは、好いていた。
己の生命を賭して救い出してくれた、そのずっと以前から。
初めのうちはただ生意気なだけだと思っていた。
自分が興味を引かれたのは、今は亡き想い人の面差しに似ていたからに過ぎぬと。
尸魂界へ連れ去られるまで、現世で過ごしたのはほんの僅かな期間。
その短い時間の殆どを一護と共に過ごした。
共に怒り、哀しみ、喜び…全てを分かち合い、互いに心許した。
いつの間にか、一護に惹かれている自分に気がついた。
だが、常に付き纏っていたのは己の罪を責める声。
一護の運命を狂わせたのは、他ならぬ自分だ。
自分さえ軽はずみな行動をとらなければ、一護は人間としての生を全う出来た筈なのに。
そのような自分が、想いを告げる資格などあろう筈も無い。
この想いだけは、永遠に己の胸の内に仕舞っておこう。
そう誓って間もなく訪れた、不意の別れ。
安堵しなかったと言えば嘘になる。
一護の傷はじきに癒えるだろう。
霊圧は図抜けているし、浦原も居る。
きっと大丈夫だと、牢の中で繰り返し己に言い聞かせた。
そして傷が癒えたら…一護は死神としての力を失い、人間に戻る事が出来る。
それこそが私の望んだ結末だった。
私のような者と出逢ったばかりに、一護の運命は狂ってしまった。
出逢うべきではなかった。出逢わなければ良かったのだ。
もう二度と死神にも、尸魂界にも関わってはならぬ。
一介の人間として生きれば良いのだ。
何もかも忘れ、以前と同じ日常に戻れば良い。
…だが、願いは呆気なく裏切られた。
あろうことか一護は尸魂界に侵入し、度重なる死闘を繰り広げ、そして…。
全ての呪縛から、私を解き放ってくれた。


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