朽木ルキア大ブレイクの予感パート12 :  549氏 投稿日:2006/02/15(水) 02:31:40


蜜月


「何をしている?」
唐突に背後からもたらされたその声に、思わずびくんと肩が竦む。
ルキアは手にしていたボウルを取り落しそうになるのを堪えて、恐る恐る後ろを振り返った。
「兄様……お、お帰りなさいませ。早かったのですね」
「仕事が予想外に早く済んだのでな。……それは何だ?」
そう問われ、ルキアは赤く染まっていく顔を小さく下に伏せる。
「その、白玉を……」
「ああ」
言われてみれば、ルキアの手にしたボウルには茹で上がった白玉が幾つか、氷水に浸して冷やされていた。
脇には、添えるためのものであろう餡や黒蜜も用意されている。
「食べたいのなら、使用人に言えばよい。お前がわざわざ作る必要など――」
呆れを含んだ顔でそう窘められて、ルキアはますます顔を羞恥に染めた。
その顔を、しかし微かに持ち上げると、ルキアは小声で言葉を返す。
「いえ、その、そうではないんです」
「ん?」
「現世では今日、手作りの甘味を大切な男性に渡す風習があるのだと、松本殿に教わったので。
それで、その……」
しどろもどろになりながら、つっかえがちにそう答えたルキアに、「ああ」と白哉は頷く。
「成程、恋次にか」
「えっ?」

驚いて上ずった声を上げたルキアを気にせずに物分り良くそう返すと、白哉は平時の無表情な顔のままルキアを注視した。
端正な顔立ちに一心に見つめられ、ルキアの鼓動が逸りを増していく。
「持って行ってやれ。きっと、喜ぶだろう」
「いえ」
「遠慮する必要はない。奴も、今頃はもう隊舎から戻っているはずだ」
重ねてそう告げ室内から去ろうとした白哉の後姿に、ルキアは困ったように焦燥を含んだ声をかける。
「ち、違うのです兄様!」
「……何だ」
振り返った兄の頭ひとつ高い瞳を見上げて、ルキアが恐々と途切れがちに告白する。
「これは、……兄様のためにお作りしたんです」
少々怯えがちにそう口にしたルキアが、ちらりと白哉の表情を覗く。
しかし相手はむっつりと黙して固まったままで、それを見たルキアはすぐさま頭を大きく下げた。
「すっ、すみません! 兄様が、甘い物をお嫌いなのはよく存じ上げているのですが……」
深く下げた頭をそのままに、兄から飛ぶであろう叱責を待つ。
或いは、このまま溜息の一つも吐かれずに、呆れた面持ちで冷ややかに私を見据えるか。
どちらにせよ、兄様を呆れさせてしまったことに変わりはない。
……本当に、私は馬鹿だ。
兄様に喜んで頂けたらなどと甘いことを考えて、一人勝手に浮かれていた。
遊びのような現世での風習も、甘い甘い菓子も、兄様はお嫌いだというのに。
そう心中で嘆息して恐れるルキアに与えられたのは、しかし予期していたものとは違っていた。
「……っ!」

ふわりと、伏せった頭に何か温かい物が乗せられる感触に、びくっと肩を固まらせる。
それが白哉の掌であると気付いて、ルキアは驚嘆に心臓をドキドキと打ち逸らせた。
「あの、兄様……?」
自分を撫でている兄を、頭を持ち上げてそろりと見上げれば、
眼前の彼は何時も通りの能面のような表情のままに見えて、その実、目元を赤くしていた。
目が合い、自分の顔色にルキアが気付いたことを知った白哉が、更に顔を朱に染める。
「……折角ルキアが作ったものだ。在り難く頂こう。出来たら、部屋に」
ばつの悪さを打ち消すように焦った声で手早く言うと、白哉は今度こそ部屋から急ぎ足で出て行った。
その不器用な言葉が、ルキアにとっては何物にも変えがたい喜びだった。
去っていく広い背中に、嬉しさからか鞠のように弾んだ声をかける。
「はい! すぐ持って参ります!!」
再び一人きりになった厨房で、ルキアは調理の続きを再開した。
その顔つきは、先ほどまでの不安が綺麗に霧散したかのように、心から幸せそうだった。


     *     *     *


碗に盛られた白玉は、多少不揃いな形ではあったが十二分に上出来といえた。
上から掛けられた黒蜜と粒小豆が、更に食欲をそそらせる。

匙で掬って口へと運ぶと、強すぎない清涼な甘さが口の中を吹き抜け、もちもちとした弾力が歯に心地好かった。
出来が心配なのか一挙手一投足を凝視しているルキアを安心させるように、白哉が優しく告げる。
「……良く出来ている」
「褒めて頂いて、恐縮です」
ぱっと顔を嬉しさで上気させながら、幸福でにやけてしまいそうな口元を引き締め、謹んで返答する。
それでも未だ不安が拭い去れないのか顔色を伺い続けるルキアに、匙を持った手を突きつけて白哉が提案した。
「それだけ心配なら、お前も食べてみればいい」
朱塗りの匙を口元に持っていかれ、断れずルキアはそれをぱくりと口に含んだ。
兄が手にしたままの匙からそのまま物を食べるなど、まるで子供のようで気恥ずかしい。
白哉の為甘さを抑えた蜜は、甘味の好きなルキアには少々物足りなかったが、
口内に広がる上品な風味は中々で、布袋屋の品にも負けていないのではと思えるほどだった。
「美味しいだろう」
「はい」
笑顔でそう答えたルキアの、その口唇が黒蜜で濡れている。
桃色の唇が蜜で艶々と光る様は、何とも無い光景であるはずなのに、男の目からすれば妙に官能的で嫌らしく映る。
「……ルキア、口の端に蜜が」
慌てて懐紙で拭おうとしたルキアを制止すると、白哉はルキアの腰元を付かんでぐいと引き寄せた。
気付けば白哉の顔がすぐ目の前にまで近づいていて、反射的にルキアは両の瞳を閉じた。
「……んっ、ふぅ」
口元に残っていた蜜を舌で舐めとられて、ルキアが堪え切れず艶かしい声を上げる。

それをぺろりと味わうと、白哉は薄く笑んでルキアを見下げた。
「甘いな……。蜜もだが、お前の唇はそれ以上に」
「兄様……」
催促するような熱い声でそう呼ばれて、白哉は抑え切れずルキアに再度口付ける。
唇を割り舌を絡めとる深く強引なキスに、ルキアが戸惑いがちに声を漏らす。
「っ兄さま、いけません……」
それに構わず畳にルキアを押し倒すと、小さな肩を抱きすくめ、耳元にふぅと吐息を吹きかける。
びくんと睫を揺らすルキアをしっかと抱えると、白哉は片手でするすると少女の腰の帯を解いた。
朱染めのそれがぱさりと床に落ちた音が、静寂の室内で異様に大きく響き聞こえる。
奥からちらりと覗いた和蝋燭の様に白々とした肌に唇を近づけて、
微かに汗ばんだ鎖骨の上を軽く啄ばむと、白哉はくすりと瞳を笑いで歪ませた。
「……白玉も良いが、もっと甘い物が欲しいな」
耳元から全身を侵していくような低音の声でそう求められ、抵抗できぬルキアはこくんと首を頷かせるよりなかった。
顔をこれ以上無いというほどに赤にして、蚊の鳴くような小声で兄へとねだってみせる。
「どうぞ、召し上がって下さい。……私を」


     *     *     *


私達は堕ちていく。きっとこのままどこまでも。
あの人は私を、愛しいと思っているから。
そして私もあの人の、その強さと弱さとを愛しいと思ってしまったから――。


私達は堕ちていく。きっとこのままどこまでも。
神に背を向けたこの関係を、断ち切る勇気が出る日まで、
甘い甘い蜜に似た、この関係をいつまでも。

この、束の間の蜜月を。


(完)