朽木ルキア大ブレイクの予感パート7 : 前スレ927氏 投稿日: 04/05/10 23:24


背中を取られた、畜生め。

一護がそう思った瞬間に、背後からにゅっと腕が伸びて首へと絡みつく。
「なっ、てめ、離せってんだよ!」
腕の主はわかりきっている。
暑苦しいというのに意外と人と触れ合うことに拒否反応がないのか、
彼はよくプロレス技を仕掛ける勢いで一護に触れてくる。
「なあおい、ちょっと聞けよ。どうせてめー暇なんだろ?」
絡む雰囲気満々で目がすわっている恋次に対して、
あっさりとヘッドロックをかけられている一護。
二人とも普段から喧喧囂囂といった間柄ではあったが、
ここ数日の間、一護のほうから距離を取っている。
「バカ野郎、誰が愚痴やらなにやら聞きたいと思うかってーんだ」
がっしりとした腕につかまれているため、
一護としても抜け出すのに必死である。


なにせこれに付き合ってしまえば、
軽く一時間は逃れられないのを学習しているからだ。
以前は彼女のことも心配だったため、
「まー、その、なんだ。話だけなら聞いてやるから」
そういったが最後、延々と三時間、
この男の話に付き合わされてしまった。
しかもノンアルコールで三時間。
酒も入っていないのに、よく絡めたものだと後から感心したが、
二度と恋次の話など聞いてやるものかと心に誓っている。
しかし一護の言葉には耳を貸さず、恋次はぼそぼそと独り言ごちた。
「大体あいつがあんな格好でうろつくから苦労するんだ、俺が」
ため息と共に恋次の腕から力が抜ける。
あんな格好という言葉で、なにかを思い出したらしい。
「……なんだよ、あんな格好ってのは」
勢いよく首に腕をまわされていたため、
こほこほとわずかに咳き込みながら一護は聞き返してしまう。
後から「やっぱりやめときゃー良かったんだよ、畜生」と思うのだが、
面倒見がいいのか、つい話を促してしまう。

「黒崎、ひとつ聞くぜ」
聞き返して来た一護へ、
皮肉げな笑みを張りつかせた恋次が問い掛ける。
一護としてはひとつじゃすまねえ癖に、という気持ちでいっぱいだが、
あえてここでは言わないことにする。
しかし何度も質問をされた場合、
最後に一撃を食らわせてチャラにしてやろうとは決めているのだが。
「好きな女が、目の前をシャツ一枚でふらふらしていたら、てめーはどうする」
すでに握りこぶしを作りかけていた一護だが、
言われた問いかけに盛大に噴出すことで気がそがれてしまった。
「ぶっ……! あの女、んな格好でいるのか!」
妙なところで「女性」であることに無頓着であったが、
いくらなんでもそれは無防備すぎるのではないだろうか。
「あっ、てめー想像してるんじゃねえ! 例えばだ、例えば!」
慌てて恋次が否定するものの、話題の人間といえばたった一人しかいない。
記憶がなくなってしまい、恋次の元で暮らしている朽木ルキア。
本来ならば兄である白夜のところで生活するべきだろうが、
恋次のいつにない押しの強さでルキアは白夜の元から離れて暮らしている。

彼女の記憶がなぜなくなってしまったのか、
はっきりした事情は未だに判明していない。
ただ倒れているルキアを見つけたのが恋次であり、
意識を取り戻したルキアが一番はじめに見たのが恋次だった。
非常に単純なことだが、
たったこれだけで今の二人の生活がはじめられてしまった。
そもそも恋次が記憶をなくしたルキアを放っておくはずもない。
機会があれば自分の元へと呼び寄せるつもりだったのだが、
彼女はそう簡単に手に入る女ではない。
兄を含む家の事情からなかなか実現できない理想の話であった。
そこへふってわいた今回の話だ。
もちろんルキアが倒れたという話を聞いて、
一護も様子を見に行ったことは行ったのだが、
その時点ですでにルキアは恋次に懐きまくっていて、
一護には目もくれることがなかった。
なにがどうしてどうなったのかは、
あとから花太郎から聞いたくらいでしかない。
意識を無くしたルキアを、
大事に抱きかかえて来たのが恋次だったのだが、
その姿はいつも手を出すのを考えあぐねている恋次とは違い、
この世の終わりを恐れたような表情だった、とのことである。
事実ルキアがこの世からいなくなることは、
恋次にとって世界の終わりのようなものだと回りも重々承知しているので、
彼自身の感情には至極当然との見方が大方だった。

しかしルキアの意識が無いまま、
目覚めることが無いのは周囲の人間に不安を与え、
入れ替わり立ちかわり様子をうかがうということが3日ほど続いた。
さすがに例の丸薬では体力が持たなくなった花太郎が、
恋次とともにかすかに身じろぎをしたルキアを覗きこんだとき、
彼女の目がうっすらと開かれたのだ。
単純なタイミングで言えば花太郎のほうが、
先にルキアの視界に入っているはずである。
しかしインパクトの強さのせいか、
ルキアはなによりも恋次の姿を認識し、
かえったばかりの雛鳥のように彼に懐きまくっている。
インプリンティングだと諭してみたところで、
「バカ言え! ルキアが俺のこと思ってたんだっつー証明だろ!」
などと、やたら偉そうに笑みを浮かべて恋次は耳を貸そうとしない。
最も日番谷あたりに言わせると、
「ちょっとは望みがあったってことだろ。
 人畜無害そうな花太郎より阿散井を選ぶわけねえな」
ということらしい。
当然目覚めたばかりのルキアは二人の姿を見ておびえたが、
恋次はなんの気なしに彼女の頭に手を置いた。
「お前、俺がわかるか?」
「……」
何も言わずかすかに俯きかけたルキアは、
もう一人いる人物の顔も見てやはり不安な表情を見せるだけだった。

ルキアの伏せられた目を見て状況だけはすぐに飲み込めた。
「わからねえ……のか?」
まさか、と思いたいところだが、彼女の記憶が抜け落ちてしまっている。
なかなか認められない事実だったが、
恋次、花太郎に続き、一護や白夜のこともわからないとあっては、
どうあっても認めざるをえないだろう。
ではその彼女をどうするべきか。
このまま保護しておくのにも問題がある上に、
記憶が戻るかもしれない可能性をなくすのは忍びない。
外的要因で何かを思い出すきっかけになるかもしれないが、
手間をかけさせるなという表情をした白夜に対して、
ほかの誰が口を開くよりも先に恋次が言ったのだ。
「俺が面倒、見ます。だからルキアを俺に預けてくれませんか」
ぴくりと白夜の眉が動いたが、
それを見た上でも恋次はひくことをしなかった。
恋次自身がルキアをそばに置きたいと思っているのも確かだが、
ルキアが意識を取り戻してから、
他の誰よりも恋次に打ち解けているのをかんがみると、
おのずとどうしたら良いかは導き出される結果ではある。
白夜の意思にそうものではないが、
ルキアも「……お前についていく」と恋次へと言葉を発しているのを見て、
話はとんとん拍子に決定してしまった。
もちろん一護は面倒を見るつもりもなにもなく、
ただどんな様子になっているのかを冷やかし程度に来ただけだった。

記憶がなくなったのと同時に、
人格までもが変わってしまうのはなぜなのだろうか。
今までの不遜な態度はなりをひそめ、
小さな体に似つかわしい控えめな態度で周囲を驚かせている。
恋次の服の袖を掴みながらおどおどしている彼女を確認したとき、
一護が「あー、こりゃやべーや」と思ったのも本当のことだ。
今までの姿が偉そうであったり男らしかった分、
現在のルキアは犯罪的にかわいらしすぎる。
もともと容姿は整っているルキアに、
不安という感情を加え、身長差から上目遣いという反則技を使われて、
くらりとこない男はいないのではないだろうか。
小さい体をさらに小さくするように縮こまり、
恋次の背中に半分隠れている姿は記録に残しておきたいところだが、
そんなことをしようとすればこのピレネー犬のような男が、
猛反対するので誰一人として実行できた者はいない。
今日もまた番犬としてピレネー犬のような恋次は、
ひととおり愚痴のような惚気を発して一護を解放し、
なんだかんだでうきうきと家に帰っていったのである。
だがなぁ……問題もあるっちゃーあるんだよな。
あのあと一護が必死で逃げてから、
絡む相手もいないので恋次も自宅へと足を進める。
恋次としてはルキアが家にいてくれるというだけで幸せだが、
ひとつだけ頭をなやませる事柄があるのだ。
「……また、治ってねぇんだろうな」
記憶がもとに戻っているかが問題ではない。
一番気にしなければいけないことなのだろうが、
現在の恋次の頭の中ではたったひとつの言葉が駆け巡っている。
ドアの前でいったん立ち止まってため息を一つ。
仕方ねぇなという気持ちで帰ってきたことを告げると、
奥からぱたぱたという軽い足音を立ててルキアがやってきた。
「おかえりなさい、おにいちゃん!」
これだよ、これ。
なんでこの俺がおにいちゃんなんだよ、ルキア。


(未完)